ししもとのAC回復ノート

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

〈回顧録〉母と絶縁するまでの人生(~29歳)

【もくじ/記事リスト】母への嫌悪感に気づいてから、絶縁にいたるまでの約5年のこと(24~29歳ころ)

母への嫌悪感に気づいてから絶縁にいたるまでの心の動きや出来事の一覧です。

【もくじ/記事リスト】私はいかにしてアダルトチルドレンになっていったのか (~24歳)

「私はどういう経緯で絶縁に至ったか」という実体験の記事一覧です。

〈AC回顧録・20代後半〉「どうしても子どもを持つのは無理だ」と思った日のこと

知人の子供に猛烈な怒りを覚えてしまい、「私、産んだらやる人だ」と認識しました。

〈AC回顧録・29歳〉堪忍袋の緒が切れた日のこと:「母に認められること・愛されることはこの先も一生ない」とやっとわかった【絶縁を決意】

母にとっての私は「所有物」に過ぎず、母から認められることも愛されることも一生ない、ということをやっと実感できた日のこと。

〈AC回顧録・20代後半〉「このままだと母を背中から殴り倒してしまう」と思った

足をひきずる母に対して「わざとやっている」と怒りがこみ上げるようになってしまいました。

〈AC回顧録・20代後半〉トイレに行かず部屋で排泄する母をどうしても受け入れられない

認知症でもないのに、夜中はトイレに行かずに部屋でバケツに排泄(いわゆるションペット的なやつ)をするようになった母への嫌悪感。

〈AC回顧録・20代後半・小さな転機〉被災地に心を寄せる余裕もない自分に嫌気「もし今の”不満な私”のまま死んだら絶対に後悔する」

不本意な私のままで死んだら絶対に後悔する、と思いました。

〈AC回顧録・20代後半・小さな転機〉上司の言葉「お母さんの言うこと、聞く必要、ある?」

「お母さんの言うこと、聞く必要、ある?」。その場では反発する気持ちでしたが、今になってみると「あれは本質を突いていたな」と思います。

〈AC回顧録・20代後半〉いったんすべてをリセットしないと私の人生は開けない、けれど、できない

常に人に迎合してしまう。それがもう癖になっている。一旦すべてを断たないとやり直せないと思いました。でも、なかなかできませんでした。

〈AC回顧録・20代後半〉歩けないまま退院を強行した母に振り回される

全力で転院を拒否したのに、しばらく後になって「あーあ、リハビリ病院、行っておけばよかったわあ」と母。

〈AC回顧録・20代後半〉入院先で思い通りにならないと「ここから飛び降りて死ぬんだから!」と大騒ぎする母

リハビリ病院を老人施設と勘違いした母が病院で大騒ぎした話。実の親ながら「まじでなんなん、こいつ」と思いました。

〈AC回顧録・20代後半〉過度の節約で気が狂いそう/ジュース1本で10分悩む

この経験によって、「お金を貸すと死ぬほどきつい」ということは身をもって体験したので、今後誰かに頼まれたとしても毅然と断れる自信はできました。

【AC回顧録・20代後半】親にお金を貸していることがバレて振られる

親にお金を貸すことは自分でも納得していないし嫌だったけれど、それを「何やってるんだ」と責められることは、本当に悲しくて仕方がなかった。

〈AC回顧録・20代後半〉伯母にお金を貸すのがつらい - 貸した30000円が500円になったときのむなしさ

伯母にもお金を貸すのがつらい

〈AC回顧録・20代後半〉父にお金を貸すのがつらい(月15~25万)

自分が使うお金はほとんどないのに、親のために死ぬ思いをして働いている。 これがもう、やるせなくてやるせなくて。

【気づき】苦しい人間関係には母の影があった

人間関係の悩みにつながってしまうような反応の仕方は、子ども時代の私が、生き延びるためにやってきたことでした。 それが大人になってもなお抜けず、むしろ固化されてしまったことが問題でした。

〈AC回顧録・20代後半〉異性の友人や同僚の結婚式に呼ばれる度に「なんでその人に結婚してくれって言わなかったのよ」と文句

娘が幸せになることを願っているのではなくて、母自身が「恥をかきたくない」とか「周囲から馬鹿にされたくない」でいっぱいの人でした。

〈AC回顧録・20代後半〉母の期待に応えつづけても…「あんたが独身なのがはずかしい」

母の期待にこたえ、良い学校を出て、いい会社に入りました。 しかし母はそれで満足することはなく、今度は「娘が独身」であることを恥ずかしがりだしました。

〈AC回顧録・20代後半〉実家を出ても……不仲の両親が揉め事を起こさないか心配【機能不全家族】

せっかく実家を出られたのに、心は親と距離をとれていませんでした。

〈AC回顧録・20代後半〉皮膚むしり症の悪化で爪ごと剥がすまでに

精神症状が出ている時はさっさと逃げていいんだな、というかむしろ逃げたほうがいいと正直今は思っています。

〈AC回顧録・20代後半〉不潔・疾病恐怖でトイレに行けず常に膀胱炎

病気を避けることの大元には「体調を崩したら親に見捨てられる」という恐怖感があったと思います。

〈AC回顧録・20代後半〉常に責められているように感じてしまい人と接するのが億劫でたまらない

食事が摂れないことや、休日ひきこもっていることなどを指摘されるのが苦痛で一人になりたくてなりたくて、仕方がありませんでした。

〈AC回顧録・20代後半〉メンタルヘルス系の面談で余計に追い詰められる

会社に派遣されてきたカウンセラーさんと話が合わず、ますます「誰もわかってくれない」を深めてしまいました。

〈AC回顧録・20代後半〉食べられないことを人前で責められて会食恐怖が悪化

恐怖症で食事がのどを通らなくなり。そのことを強く指摘されてますます悪化してしまいました。

〈AC回顧録・20代後半〉外出がこわくてこわくてたまらなくなる

「外の世界=汚染されている」と思うようになってしまい、外出がこわくてたまらず、できるだけ避けるようになっていきました。

〈AC回顧録・20代後半〉床につくと猛烈に怒りがわいて眠れない

頑張っているはずなのにうまくいかないとき、それはそもそもの方向ややり方が間違っているのかもしれません。

【気づき】劣等感を持っていると劣等感のある人とどうしても接点が生じてしまう

嫌いな人を引き寄せないためには、自分のほうが変わらないといけないんだな、と(もちろん、すべてを避けられるわけでもないですが)過去を振り返っていて思うのでした。

〈AC回顧録・20代後半〉部下に花を持たせたつもりが「成果を横取りされた」と噂を流されてしまう

部下になめられて仕事の指示が通らないので、「よかれと思って」やったことが自分の首を絞めました。

〈AC回顧録・20代後半〉部下にもなめられてなかなか指示が通らない

人目を気にしてヘコヘコしたり自虐していたので、部下にもなめられてしまい、なかなか仕事の指示が通らず苦労しました。

〈AC回顧録・20代後半〉「代わりに〇〇やっといて」と同僚にも利用される

親にしていたご機嫌取りを外でもやってしまい、結果的に自分の首をしめました