ししもとのAC回復ノート

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

〈AC回顧録・20代後半〉常に責められているように感じてしまい人と接するのが億劫でたまらない


母への嫌悪感に気づいてから絶縁に至るまでの出来事を見つめなおしています。>>>記事一覧)。

 

食べられないことを責められたり、メンタルヘルス系の面談で追い詰められたり、と重なっていくうちに、何気ないふとしたひと言も「責められている」ように感じるようになってしまいました。

相手には悪気がなかったケースがほとんどで、私の被害者意識が増大してしまったのが原因と思いますが、異常に傷ついてしまい、人と接するのが億劫でたまらなくなっていきました。

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出勤時に人に会いたくない問題

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勤務先が比較的田舎な場所だったので、通勤中にも職場の人に遭遇する環境でした。

電車をずらそうにも、始発~始業までのどの電車に乗っても、誰かしらには必ず遭遇してしまうのです。
なんとか電車内で気配を消したとしても、会社までの路上で必ず誰かに遭遇してしまいます。

顔を知っている程度なら挨拶で済みますが、わりと近しい人だと、なんとなく会社まで一緒に行くことになりますよね。
これがもう、億劫で仕方ないのです。人と話す気力がないのです。

寝不足で身体も疲れていたので、人の歩くスピードに合わせるのもきつかったのです。
ただ歩くだけなのに息が上がってしまうのです。

相手が気を遣っていろいろ話してくれたとしても「疲れているからリアクションとるのきついなー、、、でも先方とて気を遣ってくれているのだから楽しそうにしなければ」と余計に疲弊してしまいます。

あるいは、ちょっとした価値観の違い(例えば、私が休日引きこもっていることを「おかしい」と指摘されたとか)で、責められたと思ってしまい、傷つき、怒りが湧いてきてしまうのです。

逆に、こちらがいろいろと話題をふらないといけない人だったりすると、「あーもう話すこと浮かばない……きつい……疲れた」と、朝から疲れて疲れてどうしようもありませんでした。

かといって、「すみません、今日ちょっと考えごとしたいので一人になりたいです」と言うのも、正直ハードルが高く。当時の私にはできませんでした。

満員電車でもないのに、毎朝の通勤が疲れて疲れてどうしようもありませんでした。

休日も会社の人に遭遇したくない問題

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会社から比較的近い場所に住んでいたため、休日に買い出しに出ると、知り合いに遭遇しがちでした。

遭遇したからといって、何かあるでもなく、「あ、どうも~」くらいのものでしたが、私にとっては異常に苦痛に感じてしまうのでした。

なぜかというと、母に監視・干渉されていたときの気分を思いだしてしまうからです。

知り合いからすればただ単に遭遇しただけであり、干渉など全くそんなつもりがないのは重々承知しています

「どこにいたか、何を買っていたか」など、私に関する情報を知られるのが嫌でした。
情報を把握されると、そこを非難されたり、からかわれる、と恐怖に感じてしまうのです。
(自意識過剰に思えますが、当時は私も「若い女」であったため、男性の多い環境では良い意味でも悪い意味でも目立ってしまい、おもしろおかしく噂されることもありましたので、防衛的にならざるを得なかった面もあります。)

他人の目を気にしているようで、親の目を気にしていたのだと思います。
親の姿を他人に投影してしまっていたのだと思います。

毎日同じメンバーに会うのが苦しい

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職場では同じメンバーと毎日顔を合わせるものです(最近はフリーアドレスも流行っているみたいですが、当時はそんな概念すらなく)。

苦手な人と顔を合わせるのが苦痛なのは当然としても、たとえ苦手ではない人であっても、毎日顔を合わせているとどうにも気が重い。

「閉塞感」を感じていたのだと思います。
私も同僚も「ここから逃げられないんだな」みたいな。

すると、よりネガティブな気持ちになって、同僚のちょっとしたクセなどが気になるようになってしまい、余計にイライラしてしまうのです(お互い様なのに)。

これもやっぱり母からの監視や干渉が影響していると思っています。

母から逃れられなかったことによって、「逃れられない」シチュエーション自体に、強い嫌悪感が生じたのだと思います。

今思うこと

こうして書いてみると、たいしたことのないように思うのですが、当時の私にとっては本当に苦痛でした。

とくに、食事が摂れないことや、休日ひきこもっていることなどをおもしろおかしく揶揄されるのが苦痛でたまりませんでした。

誰もいない世界に行きたい。
お願いだから、誰も私に注目しないでくれ。

一人になりたくてなりたくて、仕方がありませんでした(今もその気配はちょっとある)。

ここまで人と接するのが億劫な状態だと、会社組織で働くのは無理があったなと思います。

「石の上にも3年」とか「あまりにも早く辞めると後の就職活動に影響する」などと思っていましたが、結局その後会社員に戻ることはなかったので、「先の不安」に縛られなくてもよかったんだ、と今は思います。

また、「実家や親戚を支えなければ」系の奴隷マインドもありましたが、とっととやめていれば「会社やめたからお金ない」と堂々と断れたのにな、とも思います。

つまりは「さっさと自分のために生きればよかった」ということ(まあ、今だからこそそう思えるのですが)。

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