ししもとのAC回復ノート

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

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〈AC回顧録・20代後半〉「どうしても子どもを持つのは無理だ」と思った日のこと

母への嫌悪感に気づいてから絶縁に至るまでの出来事を見つめなおしています。>>>記事一覧)。

子どもを持つことにどうしても抵抗があるとハッキリ認識したのは20代後半でした。

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そのうちほしくなるものだろうと思っていた

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学生の頃、友人が小さい子を見て「かわいい!」とか騒いでいるのを見て、「うーむ、私は興味ないんだよな」とは思っていました。

まあ正直なところ、「子どもの機嫌をとる」というのがうっとおしかったんですよね。「私、子どもの頃こんなに親切にしてもらってない。私がやってもらいたいくらいだわ」という感じで(=自分自身がまだ子ども)。

けれども、それはまだ若いからであって、そのうち自然とほしくなるものだろうと思っていました。

20代前半まではさほど気にしていなかったのですが、30歳が近づくとと、子どもを産む同級生も増えてきます。

最初は「へえ、●●ちゃんもお母さんかあ」くらいでしたが、周りに増えれば増えるほど「あれ? 私、とても産める気がしないぞ……」とイヤな予感がチラッと頭をかすめるようになりました。

徐々に無理そうな気がしてきた

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社会人になると、職場の女性先輩社員の「産休・育休・復帰」を間近で見るようになりました。

会社の制度としてはかなり整っていたし、職場の理解もかなりあったと思いますが、それでもとても大変そうでした。
みんなから「できる」と一目置かれているような先輩なのに、です。

私のように、普段から忙しくてひいひい言っているタイプとは大違いの人なのに。

その出来る先輩が、保育園のお迎えに走って飛び出ていくのを見ると、「わ……私にはとてもできない」と思いました。
旦那さんも同じ職場だったので、お迎えは交互に担当しているとのこと、ご両親の手伝いもあるとのことでしたが、それでも、厳しそうでした。

お迎えに行けば終わり、ではもちろんありませんよね。
帰宅後に食事をつくったり、お風呂に入れたり、とんでもなくやることがあるわけです。

先輩が走り去る後ろ姿を見ながら、「私、この時間に帰っても、ごはん作るのさえ疲れてて無理だ」と思っていました。

このように「私には無理そうだな」と思っていた矢先。
はっきりと「産んだらダメなやつ」と認識する出来事がありました。

他人の子供に猛烈な怒り→「あ、私、産んだらダメな人だ」

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その日は、職場の飲み会で、たまたま同僚の奥さん&子どもさん(幼稚園児くらい)も来ていました。

正直なところ、「私は親にすら優しくされてないのに、どうして私がよその子に親切にしなきゃいけないの?」という気持ちがあり、最初から憂鬱ではありましたが……
一応大人なので、周囲の雰囲気に合わせて対応していました(その子からけっこう好かれていたので、少なくとも変な空気は出さずに済んでいたのだろうと思います)。

でもまあ、子どもからしたら、大人ばかりの飲み会に連れてこられたって、つまらないですよね。

エネルギーが有り余ったのでしょう、その子が個室内で走ったりし始めました。

「えー(汗)」と思いつつも「まあでも子どもにはつまらんだろうからなあ……」と思ったその瞬間、その子が勢い余ってテーブルの上を駆けたり、食事をまたいだりしました。

さすがに親が注意するかと思いきや、全く何も言わないのです。
むしろ、別の同僚が「あー、おい、こらこら」と軽くいなす程度。

この瞬間、私の中で、腹の底からマグマのようなものがこみ上げるのを感じました。

その子の頭をつかんで、壁に打ち付けたい衝動に駆られたのです。

「私ならテーブルの上歩いたら殴られた!!!! なんでこの子は許されるの! ずるい!!!!」と思いながら。

もちろん他人のお子さんですし、(そもそも誰に対しても)暴力をふるうわけにはいきません。
でも、ものすごくものすごく激しい衝動で、自分でも驚きました。

耐える以外の選択肢しかないことはわかっているので、ひたすらに耐えるのですが、あまりにも怒りが強すぎて、身体が震え、呼吸が荒くなってしまうのが自分でもわかりました。

こんな暴力的な一面を持っていること、誰かにバレてはいけない!
と思って、とにかく呼吸をひそめるのに必死でした。

多分数秒のことだっただろうと思いますが、私には5分、いや10分くらいの長さに感じました。

「あの子は愛されてていいなあ」

飲み会が終わって帰宅してからも、あまりの衝撃で忘れられませんでした。

もちろん、自分に潜む暴力性がショックだったのもあります。

それよりも、「あの子はテーブルの上を歩いても怒られない(=愛されている)のに、私はもっとささいなことで日々怒られていた(=親から愛されていない)」と感じてしまったのです。

そう簡単に「愛されている/愛されていない」と分けられるものではないと今ならわかりますが、あの時はそう感じてしまったのです。

私に潜む暴力性は「親にやられたからこそ」という面も大きいと思います(>>>たとえしつけでも、叩かれた記憶はいまも心に影を落としている)。

愛されてこなかったことが明確になってしまい、とてもショックでした。

私は「産んだらいけない人」

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虐待をしてしまう人が「わかっているのにカッとなるとやめられない」と言うのが理解しきれずにいましたが、「こういうことだったんだ……」と少しわかるような気がしました。

つまり私も「産んだらやる人」である可能性が高いのです。

自分で言うのもアレですが、理性はかなり強いと思うので、実際に手を出すことはないでしょう。

でも、母が私にやってきたような、ねちっこい嫌がらせとか、機嫌を取らせるとか、あのへんのことはおそらくやってしまうだろう、と思いました。

自分がされて嫌だったのだから、絶対にしたくないのに、です。
でも、自分がされてきたからこそ、「具体的にどうやったら有効か」がわかってしまっているのです。

「なんとおそろしいのだろう」と自分に対して震え上がりました。

普通に結婚して、子どもを産む。
この世界線に真っ黒な幕が下りるのを感じました。

この件で、ますます子どもに対する苦手意識が高まってしまいました。

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