足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【毒母体験記】母の悪意が自分のなかでうごめいていることに気づいて戦慄した記憶

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

 

母の内には竜(みたいな恐ろしいもの)が棲んでいると思った

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私の母は、あからさまな暴力はしませんでした。
この点に関しては感謝しているし、殴る蹴る系の家庭に比べれば幸運なことだったのだろうと思います。

ですが、「暴力の寸止め」のようなことは頻繁に行われました。

具体的には「パッチンするよっ!!!!」とこぶしを振り上げて、頭にはギリギリ当たらないくらいの位置で止めるというもの(※今調べたら、「寸止めも身体的暴力に該当する」という考えもあるようですね)。

こぶしを振り上げるときの母の顔は、おそろしく歪み、醜いものでした。
もはや、「人間ではない、なにか」だと思いました。

鬼、いや、一番似ていると思ったのが「竜」でした。

竜(龍)は仏教などにも登場しますし、神聖な生き物という面もあると思いますが、当時の私にとっては「竜とは、ヘビを何千倍にも恐ろしくした存在」という認識。

「竜のような、この世に実在しないけれども、ひどく恐ろしい存在」が母の中に住んでいる、と思っていました。

子どもでしたので、「私はこうはなるまい」とまでは意識できませんでしたが、少なくとも「私の中には竜はいないだろう」と思っていました。
外では、「いい子」「優しい」などの評価をもらっていたからです。

しかし、知らず知らずのうちに、私の中にも、竜(のようなおそろしい成分)がコピーされていたのです。

母の悪意が自分の中でうごめいていると気づいて戦慄した

詳しく書いてどこかに迷惑がかかるといけないので、少し変えて書きますが……。

同級生に、ケガをさせてしまったことがあります。
ちょっとしたケガなら、子ども同士でというのはよくあると思いますが、今思うと「相手に後遺症や障害が残らなくてよかった」と思うレベルのものです(精神的な傷は残っているかもしれません……)。

よくちょっかいを出してくる子がいたのですが、うまく言い返したりやり返すことができなかった私は、勝手に日々ストレスを溜めていました。

先生に話してもいまいち取り合ってもらえなかったように記憶しています(家庭が荒れていたからこそ私が過敏になっていただけで、ちょっかい出す/出されるなんて小学生にはよくあることですものね)。

でもあるとき、私のなかで怒りが限界に達してしまいました。

その瞬間、無意識のうちに、母からコピーした「竜(のようなおそろしいもの)」が私から飛び出てしまったのです。

もちろん私も、実際に相手を傷つけようなんて思っていません。
母が私にいつもやるように、「寸止め」をするつもりでした。

ですが、まだ力の加減もコントロールできない子どもでしたから、手が滑り、本当に相手の子に傷を負わせることになってしまったのです。

それだけならまだしも、目の前で苦しみ、号泣する子に対して、「ごめん」も「大丈夫?」も、ほとんど聞こえないような小さな声で絞り出すのがやっとでした。

その代わりに、私の口からするりと出てきたのは、保身の言葉でした。

保身のコメントを口にしながら、自分自身に対して、本当にゾッとしました。
今までの人生、あれほどゾッとしたことはありません。

おばけだの霊だの、恐ろしいとされるすべてのものよりも、よっぽど自分自身が恐ろしかった。
本当にあれほど戦慄したことはありません。

このとき私は、「わたしのなかにも竜(みたいなおそろしいもの)が棲んでるんだ……」と確信しました。

母の成分が、私のなかに移植されてしまっている、そのことに絶望しました。

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母はやっぱり謝らない人

当然大騒動になり、母も学校に呼び出されました。
そして、相手の子のお宅に母と謝罪に伺いました。

謝罪に行ったわりには、母はあんまりピンときていない様子でした。
「申し訳ない」雰囲気は皆無だったように思います。

むしろ「まあ、大丈夫よ」みたなことすら言ったので、自分の親ながら「えっ?」と思いました。

いや、まあ、まずは私自身が全身全霊で謝るべきことではあるのですが、、、子どもでしたし、動揺しまくってガタガタ震えてしまい、うまく言葉にできなかったので、「おかあさんがわたしのかわりにちゃんと謝ってくれるだろう」と期待してしまったのです。

でも、母は、謝れない人なのでした(>>>【毒母のトラブル招来体質】劣等感が強すぎて謝ることができない 

そんな母の姿を見て、さらに傷ついたことをよく覚えています。

ほかに、頼れる大人もいませんでした。
あの時代、「男は仕事」でしたから、父には事後報告でしたし(でも、社会ルールを知っている父と一緒に謝罪したほうがまだマシだったのではと今は思う)。
同居していた祖父母とも接触禁止でしたし。

この経験から学んだこと

自己認識

「わたしのなかにも母の成分(悪意)がうごめいている」ということを、早い段階で自覚できたことは、ある意味良かったと思っています。

ここを自覚できないまま突き進んでいたら、のちにもっと大きな事故を起こしていたかもしれません。

フォローしてくれた人もいる

現場の状況を見ていた子は、ややマイルドに(予期せぬ事故という雰囲気で)先生に伝えてくれたようでした。
誰だかはわからないのですが、もしかするとちょっとだけ私をかばってくれたのかもしれない、と今振り返ると思います。

私はきっと、竜みたいな醜い顔をしていたでしょうから、いくら子どもでも、感ずる部分はあったでしょうから。

その後学校に行きづらくなってしまったのですが、何人かの子が毎日迎えに来てくれた時期もありました。

相手の子も、(私に対して思うことは多々あったでしょうに)私を責めるようなことは一切言いませんでした。
(万が一、似たような状況に遭った経験のある方がこの記事をお読みでしたら、「ほんとうにごめんなさい」と改めて申し上げたいです)

こうして振り返ると、多くの人に支えられていたのに、私自身は全然そのことに気づいていませんでした。
家庭が常に揉めているので、生き延びるのに精いっぱいだったのです。

自分に余裕がないときは、人からの親切にも気づきにくいんだな、、、と改めて思います。

ということは、この件以外にも、かなり多くの人からの善意を気づかずに受け取るだけ受け取ってスルーしていたのかもな、と思いました(大反省)。

逆に、誰かに対して「気を遣ったつもりだけれど、全然気づいてくれていなさそう」と思ってしまうときは、(周囲の親切に気づけないような、何かしらの事情があるんだろうな)と思うようにしたいと思います。

今後に生かすこと

この件がなかったとしても、遅かれ早かれ、私の中の竜(のようなおそろしい存在)は飛び出し、何かしらの問題を起こしていただろうと思います。

そう、問題が起こるのには、(基本的には)原因があるのですよね。
問題は「何か間違っていることがあるよ」と教えてくれているのだろうと思います。

この件に関しては、「あなたの教育態度に問題があるよ」と、母に対して気づかせるために起こったことだろうと思います。

ですが残念ながら、私の母は、そのようなことに気づく能力のない人でした。

毒親は反面教師にする。
なので今後は、何か困ったことや問題が起こったときは「どこかに原因があるはず」「どこかで間違えたらしい」と考えてみるようにしたいと思います。

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