ししもとのAC回復ノート

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

〈AC回顧録・人生リセット編〉合わない仕事をやめる前に - 経済的不安に対処する

「母に認められること・愛されることはこの先も一生ない」とやっとわかり、一旦死んだと思って人生をやり直すことに決めました。

そのためにまず必要だと感じたのが、強いストレス源の一つだった仕事から離れること。

ほんとうに辞めていいのか、本質的な理由なのかを何度も何度も考え、「辞めるしかない」という結論に至ったものの。

やはり現実問題としてお金の準備をしておく必要はあります。

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経済的不安への対処

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いくら仕事をやめたくても、生きていくには実際問題お金がかかる。不安はつきもの。

ただ、私の場合はちょっと事情が特殊で、経済面はあまり気になりませんでした。
なぜかというと、父や伯母にお金を貸していたので、退職したほうがむしろ経済的に安定しそうだったからです。

一旦仕事を辞めてしまえば、「ごめん、私も今仕事してないから」と、堂々とお金を貸さなくて済む、これ自体が私にとっては多大なるメリットと感じていました。

同時に、「育ててもらったのだからお金を貸さないわけにはいかない、でも貸したくない、私って薄情だ」という、毒親育ち特有の、強い罪悪感やモヤモヤも感じなくて良くなる。これもメリットですよね。

のちに他の仕事をこっそり始めれば、働いた分がすべて私のもとに入ってくるということ。
自分で稼いだお金を、自分で心置きなく使う自由があるということ。

結局、私にとっては「仕事を辞めることは経済面でもメリットしかない」と思ってしまいました(たぶん、感覚がバグっていますが)。
なので、気持ちの面での経済的不安はクリアしていました。

※もちろん、辞めたことがバレたら「さっさと働け」攻撃に見舞われますので、適度に距離をとる準備や、あるいは、新たな勤務先の会社名や収入を適切にごまかすなど、多少の小細工は水面下で必要だったりします。
私の場合、幸いにして父はそういうことを言わない人だったので、だいぶ助かりました。一方で、伯母は「働け働け」の人でしたので、のちに距離をとることになりました。

ただし 現実的にある程度の貯金は必要

気持ちの面で経済的不安をクリアしていようとも、仕事を一旦辞めて人生を立て直すには、当面の生活費は必須(すぐに再就職するならいいですが)。

今思えばちょっと無謀だったなと思うのですが、私の場合は、父や伯母にお金を貸しながらも過度な節約で貯金もするというストロングスタイルを敢行しました(若かったからできただけで、失うものも多いので正直おすすめはできません……)。

とにかくほぼ何も買わなかったし、光熱費もケチって常に震えていた記憶……。

ほんとうにこの時期は倒れそうな思いでしたが、金銭面は「どうにかする」という選択肢しかないと思っていました(精神症状があったとはいえ、それくらいでは生活保護なども無理ですし)。

まあでも、これは若かったし、ゾンビ化しつつも会社には行けていたし、勤務先の福利厚生などもあったからたまたまなんとかなったという面が正直あります。

なので、ストロングスタイル以外の選択肢も一応挙げておきます↓。

(参考)精神科に通院→休職→復職せずに退職という手もあった

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当時はまったく考えませんでしたが休職という手もありました。

不安障害や強迫性障害で日常生活に影響があったので、休職できた可能性は十分にあったでしょう。
「でも、仮に休職しても復職できる自信がない(というかしたくない)」と思っていたので、気が進まなかったのです。

ですが、回復しなかった場合、復職せずにそのまま退職というケースもよくあるらしい(私の勤務先でも実際いました)ので、「仕事辞めたい、貯金する余裕もない、諸事情(病気など)でどうにもならない」場合は、まずは休職してみるのがいいのかもしれませんね(まあ、やっぱり復職のプレッシャーがありそうですが)。

(参考)失業保険という手もあった

当時は「もう二度と組織で働きたくない」とイヤになりすぎていたので、失業保険をもらうことを考えなかったのですが、今考えたら、失業保険をもらいながら職業訓練校に通ってみるのもアリだったなあ、と思います。

数か月は猶予ができますから、その間に多少の目処は立てられたかもしれないので。

でも当時は、「失業保険=ハローワーク=職員に勧められた会社に絶対に就職しなければいけない」と謎に思い込んでいました(※求職活動の実績は必須ですが、かならずどこかに就職しなければいけないわけではない)。

追い込まれているときは視野狭窄になりがちですし、ネガティブに捉えてしまうので、「あれも無理、これも無理」になってしまうなあ、と振り返っていて思います。

今思うこと

こうして振り返ってみると、私がいかに「自分ひとりだけでなんとかしようとしていた」か、「他人や社会制度を一切信用していなかった」か、がわかりました。

1人で抱え込むと視野狭窄に陥るので、素直に精神科に相談したりしておけばよかったのになあ、と(まあ無理か「嫁に行けなくなるから精神科に行くのは許さない」と母に保険証を隠される)。

メンタルヘルス系の面談で余計に追い詰められたりとかもありましたし、仕方なかったです。

あのころの私にできることは精いっぱいやっての結果だった、と思っています。

次は周囲の目が気になる問題に対処

経済的に目処がついても、気になるのが周囲の目線。
(最近は転職もよくあるし、そこまででもないのかもしれませんが)

つづきは(後日更新予定)

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