ししもとの読書ノート

生きづらさの軽減をめざして

親子関係がこじれるのは、同じ悪しき言動パターンを身につけているから |感想『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』

当ブログの他の記事にも書いていますが、私は親子関係にずっと悩まされてきました。

とりわけ幼少期は、母からの支配・過干渉・コントロール・否定批判・八つ当たりがすさまじく、しかし一方で、子どもゆえ母に頼らないと生きていけないため、毎日「母の機嫌を損ねないように生きる」ことに必死でした。

大袈裟と思われるかもしれませんが、無力な子どもの視点からすると、「生きるか死ぬか」の日々でした。

成人してもなお、母はとにかく私の足を引っ張る引っ張る。
口を開けば「あんたはここがダメ」「○○さんちの娘さんはこうなのに」「この親不孝者」等の批判ばかり。
どんなに努力をしても、母が満足することはありませんでした。
それだけならまだしも、私が意思を持って何かをやろうとすると、全力で潰しにくる。

書ききれないほどのいろんな事情が積み重なって、私も堪忍袋の緒が完全に切れてしまい、母と疎遠になることを選びました。


距離を置いたことに関しては、全く後悔はしていません。
私にとっては最善の策だったと、自分の人生を生きるにはこれしかなかった、と思っています。
戻るつもりもありません(実害が甚大なので)。

ですが、後悔はせずとも、たまにふと、こんなことを思うことがあります。
「母とて悪気があったわけじゃない(無意識のうちにはあったとしても)のだから、(客観的に見れば)不憫だな」と。

時間が経過し、だいぶ客観的に振り返られるようになってきたのかもしれません。
以前だったら「親をないがしろにする自分」というものにひどい罪悪感を覚えたり、それと同時に罪悪感を植え付けた母への恨み辛みが沸いていたのですが。

恨み辛みが薄れ、冷静さを取り戻したところで、今の私にドンぴしゃの本がありました。

親子関係の本はたくさん読んできたので、今更また同じような本を読むのも…と思いつつ、冷静さを取り戻したからこそ、響くこともあるのだな、と実感しました。


石原加受子『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』あさ出版(2018)

「苦しい親子関係」から抜け出す方法

「苦しい親子関係」から抜け出す方法

 

 

 

どんな本?

苦しい親子関係がなぜ生じてしまうのか、のメカニズムを解説し、そこから抜け出すための具体的方法を示してくれている本です。

もう少し具体的にいうと、苦しい親子関係は
「自分のせいではない」
かつ
「親だけが悪いわけではない」
ということを知り、
自分の言動パターンを変えて、負の連鎖を断ち切っていこう、という感じです。

親子関係の中でも、とりわけ母と娘の関係はこじれやすい、ということで母娘関係を中心に書かれています。

なお著者は、以前の記事でも紹介した石原加受子さんです。

 

なぜ「苦しい親子関係」が生じるか?

親子の確執が強くなったり、争いが激化しがちなのは、双方が共に「相手が悪い」と思ってしまうところに原因があると言っても過言ではありません。

引用元:石原加受子『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』あさ出版(2018)P.21


この文章を読んでハッとなりました。

私もずっと「母が悪い」とかなり強く思ってきたからです。
母が一方的に悪いわけではない(環境や持って生まれた性質などもあるし)、と(なんとなくレベルですが)思えるようになったのはごく最近のこと。

母は母で「娘が悪い」と思っていたわけです。

親子関係が悪化しやすいのは、親と子が、同じ言動パターンをとるから

引用元:石原加受子『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』あさ出版(2018)P.116

 

母も私も、お互いが「そっちが悪い」と思っているわけですから、まさに「同じ言動パターン」をとってしまっていました。

でもこれ、当然のことでもあるのです。
子は親から言動パターンを学ぶのですから。

しかも、この言動パターン、家庭だけではなくて、無意識のうちに外でやってしまうのです(親に対する時よりは、多少遠慮することもあるでしょうが)。

母の言動を「嫌だなぁ」と思いつつ、つい他人にやってしまった、ということが私自身たくさんあります。

とくに「自由に生きている人」を見ると、「許せない」「ずるい」と思ってしまうことが多かったです。
それは自分が親に抑圧され、自由に生きることを許されていなかったから。
(今の自由な私を過去の私が見たら、非難轟々でしょう)

素直に「あなたは自由に生きているところが素敵だね」と言えればいいのに、「自分はこんなに我慢しているのにずるい。この人も我慢すべきだ」と嫉妬心のようなものが生じて「○○さんはいいよね~、自由人だもんね~」とちょっとネバっとしたような、かつトゲのある言い方をしてしまっていたと思います(口に出さずとも心では批判していました)。

このような、「相手の自由を認めない」スタンスでいると、親子以外の人間関係もこじれることになります。

 どんなに正しいことであっても、相手にその正しさを押しつけたり、相手の意思に反して従わせようとするその行為が、トラブルを生むのです。

引用元:石原加受子『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』あさ出版(2018)P.74

 
本当にその通りですよね…。

正論やその人なりの「正しさ」でぶった切られると、ものすごく腹が立つし、「いつか仕返ししてやる」みたいに思ったりしますものね。

ただし、正論や正しさを押し付けてくる人は、その人もまた押し付けられてきた、ということでもあります。


 

繰り返されてきた「我慢」

さて、子どもは親から言動パターンを学びます。
では、親はどこから言動パターンを学んだのでしょう?

そう、親の親です。
娘世代からすると祖父母にあたる人たち。


昔は個々よりも全体が優先されていました。

例えば戦争などを例にとってもみても「お国のために」と亡くなっていった方々がたくさんいます。
それも、たった70年ほど前のこと。

国レベルの規模でなくても、会社なら上司は絶対だし、家庭では男性が威張って女性が我慢する、というスタイルが一般的でしたよね。

つまり、個人は、必ずどこかで「何らかの我慢を強いられてきた」ということ。 
個人の気持ちなんて二の次で、社会的な理想とか常識に沿うことを強いられる時代が続いたわけです。

だからこそ、親やそれ以上の世代は「ふつうはこう」とか「こうあるべき」が、私たちよりも染みついていますし、「自分たちだって我慢してきたのだから」という思いもあって、子ども世代の「自由」を認めにくいのでしょう。

人によって違いはありますので一概には言えませんが、過去からの負の遺産、みたいな面もあるのだな、と改めて気づかされました。

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抜け出すには「自分の気持ちの言語化+意思」

親だけが悪いわけではない、と理解はしました。
けれども、現実的に苦しい親子関係を続けるのは嫌ですよね。

本書ではいくつかの代表的な言動パターンを例を挙げながら、具体的な解決策を提示しています。

各論は本書に任せますが、本質的には

自分の気持ちを優先できずに「我慢しながら不本意な気持ちを抱きつつ、相手に従う」ことが苦しさの要因です。

引用元:石原加受子『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』あさ出版(2018)P.124

 

よって、苦しさを解消するには「自分中心」という考え方が大事になってきます。

なお「自分中心」はネガティブなイメージの「自己チュー」ではなく、「自分がどう思うかを基準にする」ということです。

自分中心の考え方は他の記事でも紹介しています。
(下記記事では「自分思考」という名称ですが、考え方の本質は同じです) 

 

私の経験を例にとって、「自分中心の言い方」を考えてみます。

私の母はとにかく探し物をよくする(片づけられない)人で、
「あら、携帯(or 財布 or メガネ or 鍵 or 保険証……etc)がない!! ねぇあんた、探してよ!」
と一日に何度も言ってくる人でした。

私が何をしていようがおかまいなしです。
「今忙しいから」と言っても「ねぇ探してよ~」と幼児のようにダダをこねます。
さらにスルーすると、「なかったらどうしてくれるのよっ!」と次第に怒り始め(自分がなくしたくせに)、「こんな子に育てた覚えはなかった」だの「この親不孝者!」が始まります。
しかも、一旦怒らせると、その後何時間も勝手に怒り続けるので、うるさくて仕方なく、結局私は探し物を手伝ってしまっていました。

たまにならいいんです。
でも毎日、しかも複数回となると、面倒で面倒で仕方がありませんでした。
ペースを乱されるのがとにかく不快でした。

あのとき、どう言えばよかったのだろう、と今更ですが考えてみると。

「携帯を探しているのね。今宿題をやっているからこれが終わってからでいい? 宿題が終わったら手伝うから、それまでお母さん自身で探してみて」

といった感じでしょうか。

まず「携帯を探しているのね」と相手を受け止め、その後に自分の意思を伝える、とするのがよいのだそうです。

もし、絶対に探し物は手伝いたくない、という気持ちだった場合は

「探し物をお願いされるのは、私にとっては、自分のペースが乱されてとても不快なんだ。お母さんのこと嫌いになりたくないから、これからは自分で探してくれる?」

という感じでしょうか。

まぁ、現実には、一回断ったくらいでは、とても解決はしないだろうな、と思います。
絶対になんだかんだと言い返してくるでしょう。
それでも根気よく、自分中心の伝え方をすることが大事なのだそうです。

また、自分の気持ちを伝える際に、「どうせわかってもらえない」などとネガティブな気持ちを抱かないことがポイント。

自分がネガティブな気持ちを抱きながら言っているとしたら、それは相手を攻撃しています。自分ではそのつもりはなくても、相手は「攻撃されている」と感じるでしょう。

引用元:石原加受子『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』あさ出版(2018)P.239


話しているときにネガティブな気持ちがあると、ネガティブな言葉になってしまう→相手にも伝わる、と。

これは私も実感したことがあります。

母との会話で試したことはありませんが、誰かに自分の気持ちを伝えるときに「わかってもらえなかったらどうしよう」とオドオドしていると、相手が強く反論してきたり、うまく伝わらないことが多い気がします。

一方で、「私は私の気持ちを大切にしていいのだから」と思いながら、落ち着いて毅然と伝えると「あ、ああ、そうなんだ」とあっさり受け止めてもらえたりします。

こちらの態度というか、言い方でこんなに変わるなんて、ちょっとビックリするほどでした。

まだビビりながらですが、自分の気持ちを伝える練習を重ねているところです。


おわりに

親子関係の本にもいろんなタイプがあると感じていますが、とりあえず大別すると次の二つでしょうか。

①心に寄り添ってくれる系
 (共感型、著者が当事者である傾向あり)
②客観的に解説してくれる系
 (具体的解決案が豊富な傾向あり)

「今現在苦しくて仕方がない」という方は①寄りの本がおすすめです(当ブログでも紹介している、加藤諦三さんの本などは①寄りかと思います。「もう、ほんとにそうなんです!!」という気持ちで読めます。こちらの気持ちを汲みつつも、キッパリと解決策を書かれているところもありがたい)。

傷が癒され、少し冷静さを取り戻してきた頃に②寄りの本を読むと、より一層、ものごと(親子関係)を俯瞰的に捉えられる気がします。
視野が大きく広がる感じです。

この記事で紹介している石原さんの本は①と②の間、どちらかというと②に近いかな、という感じです(あくまで私の感じた印象ですが)。

とはいえ、好みもあると思いますので、ある程度いろいろ読んでみて、自分に合うものを見つけていくのが一番かなと思います。
とてもそんな時間ないよー、という方はご参考にしていただければ幸いです。



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