ししもとの読書ノート

生きづらさの軽減をめざして

元凶は「~しなければならない」|感想『離れたくても離れられない人との距離の取り方』

 

 

30歳くらいまでのことを振り返ってみると、「離れたくても離れられない人」に随分と悩まされてきた気がします。


切実だったのは母や親戚。
「嫌だな」「合わないな」と思っても「いやいや、一応は育ててもらったのだから感謝しなくちゃ」とか「血がつながっているのだから」とか、「こうあるべき」を頭で考えてしまって、距離をとるのはなかなか難しかったです。


それ以外だと、どうにも苦手なクラスメイトとか。
気が合わないならとっとと距離を置けばいいのですけど、出席番号が近いと実験などで同じグループになってしまうんですよね。
「気まずいまま何時間も実験するなんてきつい」と思ってしまった私は、我慢しつつ相手に合わせ、しかし次第に我慢しきれなくなり「もうこの人と関わるの無理!!」となってしまったことがあります。

相手にしてみれば、それまで仲良くしていたつもりだったのだから、ショックだったでしょう、壮絶な嫌がらせを仕掛けてくるようになりました。
(大変な目に遭いました。突然距離をとるという私のやり方も良くなかったですが、嫌がらせに関してはどこかの機関に相談すれば良かった、と今は思うほど)


また、会社など、組織に所属していれば、上司や同僚も選べませんよね。
ものすごく苦手な同僚でも、入社年度が同じだと「同期」と一括りにされ、「円満な関係を築かねばならない」的雰囲気が漂ったりします。


こういった「苦手な人ともそれなりにうまく付き合わねばならない」問題。
対処しきれず、いつも悩んでいました。

私の場合は、最初は相手に合わせるのだけど、最終的には抱えきれなくなって、「徹底的に距離を取る」みたいな、強硬手段に出てしまうのが悩みでした。

ゼロか百か、になってしまっていたんですよね。

まあ、合わない人とは「徹底的に距離をとる」でも、正直、わりとなんとかなると思います(私の経験では)。
少なくとも、気の合わない人と傷つけあっている状態よりはよほど平和です。

とはいえ、適切な距離の取り方を知っておけば「徹底的に距離をとる」までいかずに済みますし、お互いにダメージが少ないですよね。
というわけで、本書を読んでみました。


石原加受子『離れたくても離れられない人との距離の取り方』すばる舎(2012)Kindle版

離れたくても離れられない人との距離の取り方

離れたくても離れられない人との距離の取り方

  • 作者:石原 加受子
  • 出版社/メーカー: すばる舎
  • 発売日: 2012/09/01
  • メディア: Kindle版
 

 

 

どんな本?

著者は「自分中心心理学(※)」でおなじみの石原加受子さん。

(※)やりたい放題の自己チュー、という意味ではなくて、「自分の感情を基準に選択・決断する」という考え方。


人間関係における、さまざまな場面・状況での問題は
「距離感覚(間隔)」が不適切
としています。

なお、距離感覚とは、

 「自分と相手」との距離の間隔を〈感覚〉として感じる、そんなセンサーを、私は「距離感覚」と呼んでいます。

石原加受子『離れたくても離れられない人との距離の取り方』すばる舎(2012)Kindle版位置No.57

 

初対面の人であっても、「なんか合わないな」とか「息苦しい」「ぎくしゃくする」と感じること、ありますよね。

仮に第一印象が良くても、少し話してみると「あれ?? なんか調子狂う……」ということもけっこうあります。

そのようにして、自分が感じた「感覚」は、結構的確なものなのだそうです。

しかしながら、つい、感覚や感情を信じられず、「みんな仲良く」「円満にしなきゃ」などの思考が前面に出てきてしまいます。
頭で考えるタイプの人ほどそうですよね。

違和感を感じているのに、相手に近づいていく。
それこそが、トラブルに発展するもと、なのだそうです。

自分で感じた「距離感覚」を信じてOK、ということを伝えてくれる本です。



心理的な距離が近いから、つらい

好きでも嫌いでも、「相手のことで頭がいっぱい」という状態は、「心理的に近づきすぎている」のだそう。

心理的に距離が近い、とはどういうことかというと。

たとえば相手が親である場合、

「親から目線」で自分のことを見て、「親が心配するから。親が可哀想だから。親に迷惑かけたくないから。親が怒るから。親が喜ぶから」

もしもあなたが、知らず知らずのうちに、こんな「親から目線」で思考しているとしたら、あなたは「距離間隔」を飛び越えて、相手と境界線もないほどに〈合体〉しています。

石原加受子『離れたくても離れられない人との距離の取り方』すばる舎(2012)Kindle版位置No.575

 

まさしく私がやっていたのはコレ。
親の目線で「どう思うか」を基準に何事も選択・決定していました。
ぐいぐい近づいてくる親から逃れられず、取り込まれてしまっていたんですね。


友人知人の場合であっても、
「誘いを断ったら相手が傷つくかな」
「相手に合わせないと、気分を害するかな」
が先走ってしまい、相手目線で「どう思うか」を優先していました。

一見、思いやりがあるとか、気遣いができるように捉えられるかもしれません。

ですが、そのうち「いつも私ばっかり」と我慢の限界がきて、「もう無理!!」となってしまうので、決して良い判断とは言えなさそうです。
(本心から相手に合わせたいのであれば問題なし)

そもそも、相手が「無理して合わせてくれ」と望んでいるとは限りらないんですよね。
まあ、支配的なタイプの人も結構いますけれども。

では、心理的に相手と距離をとるにはどうしたらいいのでしょうか。

相手を変えようとするのは無理がありますので、

あなたから、あなたがラクでいられる距離まで、動くのが正解です。

石原加受子『離れたくても離れられない人との距離の取り方』すばる舎(2012)Kindle版位置No.245

 


距離感覚を磨くには

~ねばならないを外す

そうはいっても、感覚がマヒして、「自分の感情自体がよくわからない」「ラクでいられる距離がわからない」というケースもあると思います。

距離をとることで孤独に陥るのではないか、などの恐怖心もありますしね。


私自身も、そういう時期がありました。
当時を思い出してみると「~しなければならない」に支配されていました。

感じることを完全に無視し、思考(~しなければならない)を圧倒的に優先していたんですよね。

この「~しなければならない」に従っていれば、理論的には正しいような気がしていたんです。

でも実は、「~しなければならない」で動いたとしても、感情レベルでは納得していない、と著者は言います。

納得していないと、徐々にやりたくなくなってくるそうです。
あるいは、相手にに対し、どこかで仕返しをしたくなったりします。


たとえば、相手の愚痴を聞いている場面。
最初はふむふむと聞けていても、次第にしんどくなってくること、ありますよね。

「でも、相手も大変なのだし、聞いてあげねばならない
と聞き続けていると、げっそりしてきます。

そういう機会がさらに何度か続くと、「相手からの着信があるだけでうんざりする」ようになる。

それでもまだ我慢して付き合っていると、
「でもさ、あなたのやり方も問題あったんじゃない!?」
などと批判的なことを言ってしまったりしますよね(無意識のうちに仕返ししている)。
結果、何時間も話を聞いたにも関わらず、相手からしてみれば「批判された」が残ってしまい、感謝すらされないという悲劇。


本来ならば、しんどくなってきた時点で、終わらせられればよかったんです。

直接「もうやめて」とまで言うのは難しくても、「興味が薄れたなら薄れたままで反応する」「疲れたなら疲れたままで反応する」で良いそうです(それも結構難しいですが)。

でもそれ以前に、「聞いてあげなければ」が邪魔してできなかったんですよね。

つまり、「~ねばならない」からまずは解放されることが大事。
思考(しなければ)でなく、感情(したいかどうか)で判断する。

「私がしたいかどうか」がすべての基準

石原加受子『離れたくても離れられない人との距離の取り方』すばる舎(2012)Kindle版位置No.447

 

なお、断ることは決して相手にとって悪いことでもなく、断ることで「相手を見捨てずに育てる」という面もあるそうです(愚痴を断ることで、相手は「自分がなんとなせねばならない問題なのだ」と認識するから)。

私もまさに「断れない→鬱憤がたまって→相手を見捨ててしまう」のパターンに陥ってきました。

今後は
「私、我慢すると後で爆発するタイプだから、本心を伝えさせてもらうね」
くらいのことが言えるようになるといいなあ、と思いました。

勇気がいりますが……。


その他よかったところ

一旦、安全地帯に避難

本書では、いろんなケースに対する、具体的な対処法が記載されています。

どれも具体的な言い方が書かれているので、非常に参考になりそうなのですが、特に私にとって使えそうなのが「いったん中断(争わない)方式」。


相手に自分の気持ちを表現する、とはいえ、聞く耳が皆無の人もいますよね。

こちらが話を始めれば腹を立てて怒鳴るとか叫ぶとか(私の母がそうでした)。

怒鳴られたり叫ばれるともう、「伝えよう」という気持ちなんて消え去ってしまいますし、気分は悪いし、絶望感で一杯になります。

でも、「どうせ言ってもムダ、事態が悪化するだけ」とあきらめると、ますます相手のいいように扱われ、負のループに入るんですよね。

だからこそ、「あきらめる」のではなく、継続的にはたらきかける。

「うるさいんだよ、君は。その話は、もう、この前終わったことじゃないか」
「そうか。わかった。君と言い争いをするつもりはないから、また、後日に話し合いたいと思う」 

石原加受子『離れたくても離れられない人との距離の取り方』すばる舎(2012)Kindle版位置No.944

 

自分が「そろそろ潮時だ」と思ったら、一旦避難して良い、ということ。

このやり方が、すべての人に通じるかはわかりませんが、怒鳴る系の人のうち何人かには効くかもしれないなあ、と思いました。


おわりに

いろんな場面でどう対処するか、が具体的に書かれているところがよかったです。

相手に合わせるって、一見良いことのように感じたりもしますが、心から納得していないと、結局破綻するんですよね。

「合わせろ」というメッセージを(言葉でなく態度で)発してくる人って、「それが人として正しいから」みたいなことを堂々と言ってきますが、要するに「(その人にとって)都合がいいから」に過ぎないんですよね。
気をつけよう。

相手の思惑に左右されないためにも、「自分はこう思う」という感情を常に意識しておきたい、と思いました。