足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

「重い母」から逃れるためには「罪悪感」との付き合い方がカギ - 罪悪感は母の亡霊

『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』を読み、考えたことを記事にしています。
(本書の全体的な感想は>>>感想『母が重くてたまらない』

本記事では、「母は私のことを支配していたのだ」と気づいた後に訪れる怒り・罪悪感について、私の経験も踏まえながら、書いていきます。

 

「あなた(娘)のため=母の都合」と気づいたら

怒りの噴出

私の母は「あんたのため」「あんたが苦労しないように」「あんたを想っているからこそ」を振りかざして、私を思い通りに動かしてきました。

確かに、「娘のことを想って」というのも完全にゼロというわけではないでしょう。
しかし、私の母に関していえば、「9割くらいは、母自身のため」でした。

長くなるので詳細は別記事にまとめようと思いますが、「あんた(娘)のため=母のため」構図に気づいたとき、愕然としました。
「今までの私は何だったんだろう……」と。

「貴族の格好をした奴隷」として生きることを求められていたのだ、とはっきり認識したとき、猛烈な怒りが湧いてきました。「噴き出す」のほうが近いかもしれません。

支配に気づいたこと自体はめでたいことなんです、自分の人生の本当のスタートラインに立つことでもありますので。

でも、スタートラインに立ってからも、実はとてもきついのですよね。

なぜかというと、怒りと同じ圧力、いや、何倍もの勢いで湧いてくるのが「罪悪感」だから。

母のことばにかすかな違和感を感じたり嫌悪感を抱くたびに、まるで倍返しのように罪悪感が沸いてきてあなたたちを苦しめただろう。
信田さよ子『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』P.169

 

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何も悪いことをしていないのに尋常ならざる罪悪感に襲われる

「あんなに寂しそうでひとりぼっちの母親に対して怒りの感情を抱くなんて、やっぱり私がわがままだったんじゃないだろうか」
「私が母を捨ててしまえば、母はどうなってしまうんだろう。本当は私のことを思っていてくれたんじゃないだろうか」

信田さよ子『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』P.169

私自身も、母に対する怒りが噴き出しつつも、「仮にも育ててくれた人にこんなにも強い怒りを抱くなんて、私はどうかしているのではないか」と強い罪悪感を覚えました。

母と離れて(本記事執筆時点で)9年、最近やっと母に対する罪悪感は薄れてきましたが、この9年、ほぼ罪悪感との戦いだったといっても過言ではありません。

法にふれるような罪を犯したわけでもないのに、なぜここまで罪悪感を持ってしまうのか。

罪悪感の正体

私の場合は「親を大事にすべき」という価値観がこびりついていたがために、「親を大事にできない私はダメだ」と、自分で自分を裁いてしまっていました。

でもこの「親を大事にすべき」ってどこから来たのでしょう。

これは母が常々あなたたちに言って聞かせたことの内面化であり、世間とう常識の総体があなたたちに強いてきた認知そのものなのだ。
信田さよ子『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』P.172


そう、おもに「母から」なんですよね。

親を大事にできるならしたほうがいいとは思いますが、自分に奴隷役を求めてきたような親を、自分よりも優先せねばならないのでしょうか?

親が未熟な人間であればあるほど、親はますます子に「奴隷化」することを望みます。
親の人生ばかり大切にしていたら、自分は「親に捧げるための人生」を歩むことになるわけです。

どうして親の人生のほうにばかり重きが置かれなければならないのでしょうか。
親の人生も、自分の人生も、同じ重みのはずです。

だからこそ私は、「自分の人生を生きてもよい」と思うのです。

「お断り」していい

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娘が娘自身の人生を生きるためには、「母の要求」を断る必要が出てきます。
無神経な侵略や支配は拒絶していい、というか、拒絶しなければいつまで経っても母の支配下に留まることになってしまいます。

ポイントは丁寧なことばづかいをすることだ。いたずらにぶっきらぼうで感情的になると、つけこまれることになる。「いやよ!」と叫べば、「どうしたの、最近不安定じゃないの」とするするっと入り込まれることになる。アイ・メッセージで伝えるのも一つだ。「私には今無理です」「私にはできません」とゆっくりはっきり伝える。
信田さよ子『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』P.181


この引用のように「お断り」ができれば良いですが、実際はとてもとてもとても難しいと思います。
そもそも意志疎通できていれば、こじれていませんからね。

私の母の場合は、話し合いという概念自体が存在しない人なので、無理やりにでも距離をとる以外、私には選択肢がありませんでした。

「世間」からの横槍にも注意

ただし、この「親を大事にすべき」は世間的にも言われていることです。

うっかり「母と疎遠」などと言ってしまうと、よく事情を知りもしない他人からの「指導」が入ります。

「でも、暴力はそんなになかったんでしょ? だったら、そんなに怒るほどのこと? 親孝行したいときに親はいないよ」
「そうは言っても、あなたはまともに育ってるじゃない。それは親の育て方が良かったってことでしょ」

悪意のないパターン、こちらを励ましているつもりのパターンはきついですよね。

私が育った時代は「ひどい暴力がなければいい(=しつけなら多少の暴力は仕方ない)」という雰囲気があったので、精神的な虐待に関してはほぼ「なんでもアリ」という扱いでした。

そういった価値観にさらされていると「やっぱり私の我慢が足りなかったのかな……」などと、モヤモヤしてしまうんですよね。

刷り込まれた「罪悪感」、手放せたらこれほど楽なことはないのですが、現実的には本当に難しいです。

あなたたちは日常的に相反する認知・感情のあいだを激しく往還している。おまけにマスコミの媒体は罪悪感を増長する情報しか流さない。そんな状況で罪悪感をゼロにする、感じなくするという目標設定そのものが達成不可能に思える
信田さよ子『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』P.172


 最近は、芸能人の方が母とのわだかまりを告白したり、少しずつ、「毒親」も理解されるようになってきたので、「時代は進んでいるなあ」とホッとします。

罪悪感は必要経費?

著者によれば、「罪悪感をゼロにしようとするのは現実的に無理なので、「必要経費」と考えてみてはどうか」とのこと。

「生まれた家がアレだったから、私、生きるのに経費かかるんだわー、経費分稼がなきゃならないから、楽しいことをして稼ごう(人生を取り戻そう)」くらいのスタンス、ということですかね。

ケチな私は必要経費すら払いたくないと思ってしまいますが……(実際にはこの9年、経費払い続けてますけど)。

まあでも確かに、ある程度の必要経費を払ったおかげで、罪悪感は薄れてきたように思います。

ただし、時間が経つのを待てばいいというものでもないです。
人によっては、罪悪感をさらにこじらせてしまっているケースもありますので。

自分の選択を自分で納得できるかどうか

私の場合、なぜ罪悪感が薄れてきたかと考えてみると、「私が自分の人生を生きるにはこの選択肢(母と絶縁)しかなかった」と心の底から認められるようになったからだと思います。

とはいえ、親に迎合して生きてきた人にとっては、「自分で自分を認める」ことはとても難しいことだと思います。

かといって、周囲に相談するのもあまり良い方法とはいえないですよね(逆に傷つくことのほうが多いので)。

私の場合は、親子関係の本を大量に読んだことが癒しにつながったと思います。
だいたいどの本にも「どうしようもなければ離れていい」「自分の気持ちを基準に選択していい」と書いてあったので、少しずつ「これでいいんだ」と思えるようになりました(すごく時間はかかりました)。

親子関係の本でなくても、世の中の価値感に囚われずに生きている人の本などから「えっ、こんな生き方もアリなの? だったら私もちょっとくらい好きに生きてもいいかな」と感じたりしました。
私にとっては、「様々な価値観に触れる」ということが大事だったのだろうと思います。

本だと時間がかかりますし、ピンとこないという方は「ACの自助グループ」に参加してみたり、「カウンセリング」もよいと思います(『母が重くてたまらない』でもおすすめされていました)。

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本記事のまとめ

・重い母からの無神経な侵略や支配は「お断り」してよい
・最悪の場合、断絶もあり
・「お断り」を阻むのは罪悪感
・罪悪感の大元を辿ると、それを刷り込んだのは母(や世間)
・自分の選択に納得できるようになると、罪悪感も薄れてくる(と私は思う)

おわりに

薄れてきたとはいえ、母が生きている限り、罪悪感は完全には無くならないでしょう。
母が亡くなってもなお、罪悪感との闘いかもしれません。

それでも私は、「母と距離をとってよかった」と感じています。
自分の人生を生きることに決めて、本当によかった。

あのまま「母に捧げるための人生」を歩んでいたら、私はもうとっくに、この世にはいなかったでしょう。

参考文献
母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き

母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き

 

 

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