足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【体験談】女性らしい格好やふるまいをすることに罪悪感がありボーイッシュな格好をしていたけれど【母と絶縁するまでのこと】

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

人並み程度におしゃれがしたい、という気持ちはあれど、おしゃれしたり、女性らしい格好やふるまいをすることに異常な罪悪感がありました。

原因を紐解いて見ると、やはりそこには母が長年かけて仕込んだ呪いがありました。

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女性らしいふるまい、格好に罪悪感

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とくに高校生の頃、私を悩ませていたのは、「女性らしく生きることに罪悪感がある」ということでした。

これは別に、私自身の性に疑問があるとかではないのです(生物学的にも自己認識的にも女性です)。

「女らしい言動やかわいらしい格好をする」ことに妙な罪悪感があったのです。

罪悪感を紐解いて見ると、そこにはやはり母の影響がありました。

母の呪い

私が幼少の頃から、母は、容姿に優れた親戚や、近所の若い奥さんのことを悪く言っていました。

またテレビを観ているときなど、女優さん(特に色気があると言われるような系統)の言動を「いやっ、この人嫌い! 性格悪いわ!」と母は露骨に嫌がりました。

最初は「あの女優さんのこと、なんでそんなに悪く言うんだろう??」と理解できなかったのですが、どうやら母にしてみると「男性に好かれそうなふるまいをする女性」が気に入らないようでした。

容姿にまつわるコンプレックスをひどく抱えていた母にしてみれば、本音は「チヤホヤされてずるい!(うらやましい)」ということだったのだろうと思います。
要するに嫉妬です。

素直に「うらやましい」と言うことは、劣等感が強すぎる母には無理だったのでしょう。

だから正しさというか「こうあるべき」みたいなものを持ち出して「けしからん」というスタンスだったのだと思います。

しかし、幼少のうちからそれを聞かされ続けた私は、「女性らしい言動って悪いことなんだ」と解釈してしまったのです。

となると、なんとなく「男性っぽくふるまったほうがいいのかな、外見的にも、言動的にも」と思うようになりました。

髪はベリーショート、服はTシャツにデニムみたいな、「女を感じさせない格好」をし、「サバサバした、男子とも女子とも仲がいい活発な子」を演じるようになっていきました。

それが効を奏して(?)体操服で歩いていたときに、男子生徒と間違えられたこともあります。

ジェンダーレスな格好が良くないと言っているわけでは決してないのです。

ただ当時の私は、人並み程度にはかわいらしい格好もしてみたかったので、「ほんとうの私はこれじゃないのに」とモヤモヤしていました。

もちろん、ボーイッシュな格好を選んだのは自分ではあるのですが、どうしても「母の目」を気にせずにはおれなかったのです。

とはいえ、ボーイッシュにしていてもそれはそれで文句を言われるから難しい

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女性らしくすれば嫌がられるのに、かといってボーイッシュにしていても、「またそんな男みたいな格好して!」と言われます。

これは母以外の、母方の親戚にも非常によく言われたことでした。
「せっかく若いんだからもっとかわいい服着なさい」
「地味な色ばっかり着て」

母に嫌がられないためにボーイッシュ路線にしているのだと、当時はうまく言語化できなかったので、なかなか理解してもらえませんでした。

「ダサい」「センスがない」と小馬鹿にされるのがとてもつらかったです。

まあ、文句をつけたがる人って、何を選んでも絶対に何か批判ポイントを見つけてくるのですけどね。

母の機嫌をとるためにわざわざ自分を貶めていたと気づいた

この記事を書きながら今気づいたのですけれど。

私は、わざわざ冴えない格好をすることで自分の価値を自ら落としていたのだ、と気づきました。

母は、しばしばスポイリング(>>>低評価で留まり続けるように働きかけてくる「スポイリング」に注意! )をする人だったのですが、まさに私はその罠にはまってしまっていたのだなと思います。

母の「他人を引きずり下ろしたい」という願望に、自ら沿ってしまっていたのです。

なんと愚かなことをしていたのだ、と思います。

【親を反面教師に】この体験から学ぶこと

文句つけたい人が身近にいると自分らしく生きられなくなる

ごく身近に非難体質の人、文句をつけたがる人がいると、どうしてもそっちに引っ張られるんだな、と実感しています。

健全な自己肯定感が育っている人ならば、「あなたはそう思うのね~私は私で好きな物選ぶね」で済むでしょう。

文句つけるほうも「こいつは何言っても聞かないや」と面白くないので、そのうち言わなくなるのかもしれません。

しかし。
自己肯定感の低い人だったらどうでしょうか。

「その服、あんたには似合わないね」と言われたら……
「え、やっぱそうかな??」と急激に不安になると思います。
他の人が「似あう」と言ってくれたとしても「似合わないね」のほうを採択してしまうのです。

そうして、「誰からも何も言われない服」に落ち着いていくのです。

「ほんとうはこんな格好もしてみたかったのにな」とモヤモヤした思いを抱えながら、気づいたら歳をとっているのです(→私は今ここ)。

容姿や格好に限らず、「とにかくなんにでも文句つけたい人」がすぐ近くにいると、あらゆる行動にストッパーがかかると実感しています。

他人ならまだしも、身内、それも親の場合、小さいうちからコントロールしやすいように育てられていますから、なかなかその影響を切り離すのも難しいですよね。

だれかの非難を鵜呑みにすることは自分を置き去りにすること

「何にでも文句つけたい人」は、その人自身が不満なのです。
だから人に文句をつけて溜飲を下げているのです。

つまり、「文句つけたい人」に影響されるということは、「文句つけたい人」のストレス解消を手伝ったり、願望を叶えてしまっているともいえます。

私はずっと、それをやってきてしまったのだ、と実感しています。

自分の願望は置きざりにして、母のストレス解消をひたすら手伝ってしまっていました。
その中には、母が私の成績などを武器に人様にマウンティングするような行為も含まれていました。

「あんたが悪い」「あんたが間違っている」という”間違っている人の答え”を正解だと思ってしまっていました。

なんと愚かだったのだろうと思います。

ストッパーが強靭

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母と絶縁してからのこの10年、母が仕込んだストッパーをひたすら外そうと努力してきました。

その強靭さ、しつこさに驚愕しています。

まだまだ戦っています。

せめてもう、好きな服を着ることくらい、自分に許してあげようと思います。

歳をとってしまって似合わなくなったものもあるでしょうけど、「ここを経ないと次にいけない」と思うのだったら、着てみるのもアリだと思っています。

また常に「これ変かな?」とビクビクするのはやめようと思います。
「変かな」とビクビクしているから変に見えるのだろうと思うのです。

すごく奇抜な格好でも、本人が堂々としていると「こういうおしゃれもあるんだなあ」と思ったりしますからね。

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