足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

離れたい母となぜか離れられない→罪悪感が接着剤になっている|『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』

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自己肯定感を育て直すために、関連の書籍を読んでいます。

1冊目>>>自分を否定することは、自分自身も「敵」になってしまう|『「会社行きたくない」と泣いていた僕が無敵になった理由』 


続いて、Kindle Unlimitedにて「自己肯定感」で検索して出てきたものがこちら。
根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』


「自己肯定感」で検索して罪悪感の本が出てくるということは、両者はやはり密接にかかわっているということですね。 

どんな本?

・なぜ罪悪感が生じるのか
・罪悪感を消す具体策
・事例
の三つの柱から構成されています。

とくに「罪悪感を消すための具体策」がメインの本かなと思います。

罪悪感を消すということは、自分自身をゆるすということであり、自分自身を許すためには自己肯定感を育てるということがポイント。

つまり、自己肯定感にまつわる本でもあるわけですね。

罪悪感の出所はいろいろあるのですが、本記事では、母に対して抱く罪悪感について、改めて納得する部分があったので、紹介していきます。

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母子癒着にも罪悪感が関わっている

「癒着」とは、心理的に相手との境界線がなくなってしまっている状態のこと。

具体的な例でいうと「私はこれを選びたいけれど、お母さんが悲しむからできない」というような感じですかね。
自分と母、常に2人分の人生を生きることになるので、超疲れます。

この母子癒着、日本では多いのだそうです。

まず、夫婦仲が悪い場合、本来なら夫に向けられるべき思いが子どもに向かいます。
子どもは、子であると同時に、夫役もこなさねばならないわけです。

さらに、母親が過干渉・過保護・心配性の人だと、余計に子どもにのしかかってしまいます。

私の母も、父と不仲でしたし、劣等感や不安が異常に強い人でした。
本来母が解消すべき劣等感と不安を、私に解消させようとしたので、私は小学校高学年で疲れはじめ、中学生くらいではもう毎日がつらくてたまりませんでした。

過干渉・過保護・心配性の親は、その「子どもに対する要求」がとても多いのですね。そうすると、その要求や期待に応えようと子どもはがんばるし、でも、その要求にすべて応えられない分、罪悪感が生まれます。

根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』ディスカヴァー・トゥエンティワン Kindle版 No.801


まさにこれですね。
要求が異常に多いんですよ(自分はできないくせに)。

母自身が満足するように動かないといけないので、母の(理想的な)分身としての人生を歩まされます。
母からすれば、母のコピーロボットのように思っているのですね。

しかし、こちらはロボットではありません。
全てを母の思い通りにこなせるわけがありません。

ですが子どもにとってみれば、「わたしがふがいないせいだ」と感じ、罪悪感を抱いてしまうのですね。

「わたしがわるいのだから」と思うと、その時点でマイナスのポジションにいるわけですから、無理な要求にもこたえてでも、ポイントを取り返そう(愛されよう)とするのですね。
これが癒着へとつながる。

本書では、「罪悪感が接着剤」という表現をしていますが、なるほどなと思いました。


自我が形成され始める反抗期に、うまく自立できればいいのですが、依存的な母がそう簡単に「理想の分身」を手放すわけがありません。

私の母の場合は、公開処刑のようなことをして、私の頭を押さえつけました。
母方の親戚中に「娘がおかしくなった!何とか言ってやって」と電話する→いろんな人から私に電話がかかってくる→「お母さんを大事にしなさい」的なお小言を言われる、といった感じです。

今なら「あっそ」と平然としていられますが、当時は思春期ということもあり、心身の変化や人間関係など、私のすべてが親戚中に公開されるのが非常に恥ずかしかったのです。
おまけに、尊敬するわけでもない人々から、ひと昔前の価値観でジャッジメントされたり、怒られたりするのが非常に悔しくて耐えられなかったのです。

公開処刑&批難がイヤで、しだいに「もうしょうがない」とあきらめてしまいました(そのせいで心身のバランスも崩しました)。

なお、本書によれば、思春期に無理やり自立できたとしても、「癒着」は切れないのだそうです。

なぜかというと、理性と感情で認識がズレてしまっているから。

たとえば、嫌いな母から連絡が来たとき、どういう心の動き方をするかというと

大人の私の理性・・・そんなの無視すりゃいいじゃん。
大人の私の感情・・・うわー、うっとおしい。嫌だわ。なんかかわいそうだよね。
子どもの私の理性・・・お母さんの言うとおりにしといたらいいの!
子どもの私の感情・・・どうしたの? お母さん。なにかあったの? 心配。
 というように、これだけの情報があなたの心の中を行き交うわけですから、混乱してしまいます。

根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』ディスカヴァー・トゥエンティワン Kindle版 No.850

わ、、、わかる。

母を突き放そうとするとき、どうしても罪悪感がわいてくることは自覚していましたが、ここまで分析できていませんでした。

子ども時代の私が、ひきとめていたんですね。

私の中で分離が起こって、「明らかに距離を取りたいと思っているのに、なぜかできない」という事態が起こっていたのだと納得しました。

このような、自己矛盾が生じているような状態にあると、他の人とも親密になれない、と著者は言います。
「親密=癒着」と感じてしまっているからです。

まさに私もそうで、だれかが自分に興味を持ってくれると、「コントロールされるのでは?」とすぐに身構えてしまいます。

また、ちょっとした雑談のときに「これ、使ってみたらよかったよ~」などと教えてくれるのも負担に感じてしまうんです。
「これおすすめ=絶対これにしろ(by 母)」だったから。
頭では、目の前の相手にはそんな魂胆は全くなく、ただの情報交換のつもりで言ってくれていることをちゃんとわかっているのに、です。

そして、つい少しだけ距離を取らずにはいられないのです。

相手があまり気にせずにまた連絡してくれる人であればなんとか関係を続けられるのですが、距離感などに敏感な人であれば、そこで関係が途絶えてしまいます。


母子癒着は罪悪感が接着剤になっているわけですから、罪悪感をとってやればいいはず。
でもこれが、なかなかとれないから困っているんですよね。

子ども時代にタンスに貼ったシールみたいに、うわべだけ剥がせても、白い粘着層の部分が全然とれないんですよ。
こすると余計広がってベタベタしたりして。

罪悪感を言い換えると「自分は罰せられるべき存在だ」と思っているということ。
ということは、自分で自分を許すことが必要になってきます。

具体的にどうしたらいいか、次の記事で考えていきたいと思います。

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