足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【体験談】着ていく服が選べない→とうとう予備校に行けなくなる【母と絶縁するまでのこと】

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

勉強したくないのに、「勉強ができる」というアイデンティティにしがみついてしまい、ますます追い込まれていく浪人生活。

次第に、予備校に着ていく洋服を選べなくなりました。
遅刻しながら通い続けるも、「また遅刻してしまった……」という自己嫌悪に襲われ。

そしてとうとう、予備校にまったく行けなくなりました。

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容姿にまつわる自己嫌悪感が高まる

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人並みにおしゃれをしたい願望がありましたが、女性らしい格好やふるまいをすることに罪悪感がありボーイッシュな格好をしていました。

最終的には自分で選んでいるのですけれど、「母に(間接的に)選ばされている」と思っているので、不満でいっぱい。

「浪人生なのだから服とかこだわっている場合じゃない」という考え方もあるでしょうけども、勉強もきちんとしつつ、おしゃれを楽しんでいる子ももちろんいました。

それがうらやましくてうらやましくて、発狂しそうでした。

なら自分もおしゃれすればいいのに、やはり母の目が気になるというか、おしゃれすること自体に罪悪感があったんですね。

浪人生でアルバイトもできないので、服を買うお金もまったくありませんでしたし。

着ていく服を選べない

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最初のころは「あーあ、冴えない服しか持ってないなー」と思いつつも、「まあ、浪人生だしね……我慢我慢」と自分に言い聞かせて予備校に通っていました。

でも、皮膚むしり症が再発したことで、鏡をよく見るようになってしまい、自分の容姿への嫌悪感がどんどん高まっていきました。

なんで私の目はかわいらしい二重じゃないんだろう。
せめて垂れ目ならいいのに、ちょっと吊っているから性格がキツそうに見える(※これは今思うと目の形のせいじゃなくて常に自分自身を責めていたせいだと思いますが)
鼻先がちょっと座っているのが嫌、もっとスッとしていたらよかったのに。
口角が下がっていて生意気。
天然パーマが気持ち悪すぎる。

あーあ、服も変なのばっかり。

私服で同級生にばったり会ったとき、彼女が私の頭からつま先までを眺めて(勝った)みたいな表情をしたことが悔しい。

私だって好きでこんな格好しているんじゃないのに。

身のまわりにあるものすべてが嫌いなものに思えてきて、予備校に着ていく服を選べなくなりました。

情けなくて、涙が出て仕方ないのです。

「泣いている場合じゃない、早く予備校にいかなくちゃ」と思うほど、悲しくて悲しくてやりきれないのです。

予備校に行けなくなる

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朝、服を選べなくなってもしばらくは、遅刻しながらなんとか予備校に通っていました。

でも受験直前の11月だったか12月だったか、「予備校に行くの、もう、完全に無理」となってしまいました。

きっかけ自体は、現役で進学した友人と疎遠になってしまったという極めてささいなことなのですが、この段階に至るまでに、この世界から完全に抜け落ちてしまったみたいな思いをため込んでしまっていたことが原因と思います。

内訳としてやはり大きいのは自分の成績がふるわず、それを自分自身が受け止められなかったこと。
勉強への嫌悪感が強すぎたこと。
これらの苦悩を誰にも話せなかったこと。
それどころか、自分でも自分の気持ちを認められなかったこと。
母からのプレッシャー。
仲が良かった友人たちはほぼみんな現役で大学に進学していたこともあり、(勝手に)取り残された感を感じてしまっていたこと。

要は、心理的にものすごく孤独だったのだと思います。

いつも愚痴っぽくなってしまうわりに、人の顔色はうかがっているので、本当の本心は誰にも打ち明けられなかったのです。

とはいえ、常に愚痴っぽくて悲壮感にまみれているので、人がどんどん離れていきます。

孤独で孤独でたまらなかった。

せめて自分自身だけは「ああ、私、今はこういう気持ち・状況なんだな」と受け止められればよかったのですが、それができず「なんで私はこんなにふがいない人間なのだろう」と自分を責めてばかりいました。

それは自分自身すら自分の敵になることだったのです。

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この体験から学ぶこと

自分の気持ちを見て見ぬフリするとどこかで行き詰る

高校に入って少し経過した時点で「いままで頑張ってきたのだから、もう、勉強したくない」という思いがありました。

しかし私は「いやでも、せっかく進学校に入ったのだから」と本心に向き合わず、「いい(=偏差値の高い)大学」を目指してしまいました。

これが最初の誤りでした。

本当は「もう勉強したくない」という気持ちをきちんと見る必要があったのです。
「勉強したくない」といっても、まったくゼロにしたいのか、これならやってもいいという分野があるのかなど、中身をきちんと取り出して見つめるべきでした。

その後も、幾度も、軌道修正する機会はあったのです。
勉強版「イップス」のようになっている段階で、「おかしい」と思わねばならなかったのです。

それにも関わらず、私は私のことを何度も無視してしまいました。

「勉強ができる私でないと、この世に存在することを許されない」

幼いころから母に植え付けられた観念に支配され、思考停止してしまっていたのです。

もちろん、基本は母に問題があるのですが、思考停止してしまったことは私自身が反省すべき点です。

とはいえ、常に干渉され、考えること自体を封じられてもいたので、当時の私にはどうしようもなかったよな、とも思います。

「素直さ」は一般的には美徳とされますが、ずるい人と一緒にいると、都合よく使われてしまうのです。

私はずっと、 自分の気持ちに従うこと、そのすべてが「ワガママ」だと思い込んでいましたが、そうではありませんでした。 自分を満たすために他人を使うのが「ワガママ」 なのです。

つまり、いつも「あんたはわがまま」と言って子をコントロールしていた母こそ「わがまま」だったのです。

むしろ自分の気持ちを大事にしないと、あとで大爆発してしまうのです。
そのほうがよっぽど周りに迷惑をかけてしまうのです。

参考

「ワガママ」と「自分を大切にする」の違いを考える【1】 - 自分の気持ちに従うこと、そのすべてが「ワガママ」だと思い込んでいた

「ワガママ」と「自分を大切にする」の違いを考える【2】- 自分を満たすために他人を使うのが「ワガママ」

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