足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

自分の問題を解決できるのは自分しかいない

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機能不全家族で育ち、生きづらさを抱えながら生きてきました。

状況を改善する努力はしてきましたが、ことあるごとに自覚せざるを得ないのが、自己肯定感の心もとなさでした。

そこで、自己肯定感を育みなおすために、関連の書籍を読んでいます。

 

この本は「罪悪感」をメインに取り扱っていますが、罪悪感は自己肯定感とも関連があります。
罪悪感を消すことは、自分が自分を許すことであり、自分を許すためには自己肯定感が必要だからです。

本記事では、罪悪感を消すにあたり、まず前提となる考え方について書いていきます。

生きづらさから抜け出すのが難しかった理由

何か問題に遭遇したとき、かつての私はつい、「周りが悪い」と思いがちでした。

「親が〇〇と言ったから自由に選べない」
「周囲が批判してきそうだからできない」
「△△さんが失礼なことを言ってきたせいで気分が悪い、そのせいで仕事がはかどらない」
などなど。

日ごろから「周囲の人が無神経にあれこれ言ってくるから私は不幸」という思い込みがありました。
それが愚痴や態度に現れてしまっていたのでしょう、一度、こう言われたことがあります。

「ねえ、いつも周りの人がわるいの??」

一瞬、ものすごく「ギクッ」としたことを覚えています。

しかしその直後、「ギクッ」を打ち消すかのように、こんなことも思いました。

「え?? だって、人のせいにするのって別に普通じゃない?」と。

今となっては、「うわ、過去の私、やばい」と思えますが、当時は「問題=他人によってもたらされるもの」という認識だったんですね。

なぜかというと、一番近くにいた母が、なんでもかんでも「あんたのせい」「お父さんのせい」「●●さんのせい」な人だったからです。

私とて、母が幸せでないのは私のせいだと本気で思っていましたし。

私の一挙手一投足で母の幸せ度が変わるのだから、私の幸せもまた、だれかのちょっとした一言で左右されるという認識でした。

でも、この、「他人の動き次第で自分の状況が左右される」という態度、これこそが、なかなか生きづらさから抜け出せなかった原因だったと思います。

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「自分は悪くない」と固定するとなんでもかんでも「あなたが変わるべき」になってしまう

外側に問題があるんだったら、自分は悪くないので、「あなたが変わるべきよ」と他人や状況をコントロールしたくなります。
根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.987

そうなんですよ……。
相手が悪いということにしておけば、自分のことは正当化できますし、自分は何もしなくていいわけですからね。
ある意味、楽なんでしょうね。

当たり屋並みに被害者ポジションをとる私の母も、「自分は悪くない」からこそ、「あんたが(母の思い通りに)変わるべき」という主張だったわけですね。

「あんたが変わるべき」だからこそ、「ああしろ」「こうしろ」と干渉してくる。

コントロールされることは嫌でたまらないのに、やられたことってナチュラルにやってしまうのです。
いつしか、他の人に対して同じことを思うようになってしまっていました。

こっちは悪くないのだからそちらが言動を改めるべき、と。

しかもタチが悪いことに、私は面と向かって相手に言えるタイプではないので、愚痴という形で「〇〇さんがこんなひどいことを言ってきた(ひどいでしょ? 私かわいそうでしょ?)」と発露してしまっていたんです。

愚痴を聞かされる人が一番の被害者ですよね。
そりゃ、「いつも周りが悪いの?」と言いたくもなるわな……。
反省。

あらゆる問題は「対等」なので、だれかが一方的に悪いというふうに考えないほうが、前向きに取り組めることが多いものです。そのためには、「自分軸」を確立することがとても重要。
根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.1096

相手がすべて悪いと考えるのではなくて、自分にも「問題を作り出した部分がある」と考える、ということなんですね(※)。
自分がつくりだした部分があるのだとしたら、その部分だけは変えられるわけですから。

※いじめや犯罪など、相手が全面的に悪いケースもありますので、全てにおいて該当するわけではありません。本記事では、普遍的な人間関係を想定しています。

相手に変わってほしいと思っても、相手には相手の事情があり、なかなか変えられないものです。
無理やり変えようとすると、それこそ過干渉で支配体質の人間になってしまいます。

自分にも問題をつくりだした原因がある、と考えてみる

私はずっと「母親がヤバい奴なせいで人生がダメになってしまった」と思ってきました。

たしかに、大元を辿れば「母(大人)と子(小さな子供)」という権力勾配があり、母はそれを存分に利用していますので、「おおむね母に問題があった」という考えであることは今も変わりません。

ですが、私に責任が全くなかったかというと、そうではないかもしれない、と考えるようになってきました。

具体的に言えば、どれほど母の機嫌を損ねようが、母が騒ごうが、親戚中から怒られようが、「私はこうしたい」という私の軸を手放してはいけなかった、ということです。

表面上、従順にせざるを得なかったとしても、心の中では「本当はこう思っている」というのを無視してはいけなかった、ということ。

とはいえ、私の母は猜疑心が強いので「ほんとはこう思っているんでしょう! お母さんにはわかるんだから!」と、突然カマを掛けてきたりするので、自分自身こそ本心から目を背けないといけなかったのですが。
(心を無にさせるのもまた、コントロールための手段だったんでしょうね)

ともあれ。
少なくとも、成人して以降のことは、私にも責任があったのだろうと思います。

具体的にいえば、なるべく早く家を出るべきでした。
それが無理だったとしても、母に泣かれようが喚かれようが、心の中で「私は私、母は母」と境界線をきっちり引くことが大事でした。

また、親の顔色をうかがって自分の将来を決めるのではなく、(どんなに困難な道であれ)自分の心が向かう方向に進むほうが幸せだったろうな、と思います。

とはいえ、幼少のうちからコントロールされていると、とても自分軸を確立するなんて難しいとは思うのですけどね。

だから、運が悪かったと思って、これから先を変えていくしかないですね。

自分軸を確立する方法

自分軸を確立する方法について、本書ではいくつか触れられていましたが、私が改めて心がけようと思ったのはこれ。

「できること」と「できないこと」の線引きをする
根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.1087

 

他人軸になっているときは、その相手が意識の中心にあるので、その人のことまで背負い、なんとかしようとしてしまいます。
根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.1087

これ、いまだにやってしまうんですよね……。
機嫌が悪い人のご機嫌取りをせずにはいられない……。

だれだって機嫌が悪い日くらいあるでしょうし、機嫌悪いままでいる権利だってあるのに。
そもそも別人なのだからどんなに私がご機嫌取りしたってどうにもならないのに。

「相手の気持ちは私にはどうすることもできないから、自分にはできないこと」
根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.1087


これに尽きますよね。
私はまだ、他人と自分との境界があいまいなのだと改めて認識しました。
意図的に気をつけていきたいです。

なお、自分軸を確立する方法については、同じ著者の別の本に詳しく書いてあるそうですので、興味のあるかたはご参考まで。

 

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