足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

罪悪感を消すためには「自分が自分をゆるす」

私はかつて、スーパーマン(みたいな人)になろうとしていました。

母の「あんたを生んだせいでお母さんはこんなに苦労している、お母さんばっかり大変な思いをしている、お母さんはかわいそう」という言葉を鵜呑みにしてしまったからです。

私の存在が母にとってマイナスになってしまっているのだから、何らかの形で挽回して、母に幸せになってもらいたかったのです。

でも、私だって一人の人間。
得意なこともあれば不得意なこともある。
得意なことですら、上には上が山ほどいます。

そのような現実を受け止められなかった私は、「私が完璧な人間じゃないせいで、うちの親(特に母)は不幸なんだ」と思いつめるようになりました。

「私が完璧じゃないからいけない」
「私がふがいないのがいけない」
「私が〇〇だから悪い」

そう、罪悪感のできあがりです。

現在は、親にも相当な未熟さがあったのだということに気づいたので、罪悪感はだいぶ軽減したと思います。
その状態で本を読んでいて、「なるほどたしかに」と思ったことがありましたので、記事にしています。

 

 

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罪悪感を癒す=自分をゆるす

だれかからゆるしてもらったとしても、自分がそれを受け入れられなければ、罪悪感によって自分を責め続ける現実は変わりません。
自分自身をゆるすことが、罪悪感を癒すことになります。

根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.1134

これ、ほんとにそうだな、と思いました。

仮に誰かが「あなたはふがいない人間なんかじゃないよ」「あなたはよくやってるよ」と言ってくれたとしても、自分で(いやいやいやいや、この人は表面上そう言ってくれてるだけ。だって、私が力不足だから家庭内はずっと不和なのだし、お母さんもいつも不満なんじゃん)と思ったら、何も変わらないんですよね。

社会的に評価されることも同じです。
いわゆる「いい学校」「いい会社」にいたときも、私は常に自分よりできる人と比べて、心の中で「なんて私は出来が悪いんだろう!」と日々葛藤していましたし。

また、ごくたまにですが、父がほめてくれることもあったんです。
とはいえ、機会が少なかったことも影響して「お父さん、急にどうしたんだろ??? こないだお金貸したから点数稼ぎかな」などと思ってしまって、受け入れることができませんでした(冷静に振り返ると、父は伝え方が下手なだけで、意外と私のことを認めてくれていたようなんです)。

まさに、誰かに許してもらっても(認めてもらっても)、自分が自分のことを許せない状態でした。

罪悪感が少しずつ減ってきたのを実感したのは、本当に最近のことです。

本を読んだり、こうして記事を書いたりして、自分の過去を見つめ直すうちに、「ああー、私、けっこうシビアな環境で生きてきたんだな」とか「あの人(母)、かなり無茶苦茶なこと言うてたんだな。そりゃ私もつぶれるわ」と客観視できるようになりました。

すると、「ま、仕方なかったんだな」「あれはあれで、幼いころの私、若いころの私ができる限りのことをした結果」と納得できるようになってきました。
それに比例して、「私がふがいないせいで……」系の罪悪感は薄れてきたように思います。

他人に「親は大事にすべき」的なことをチクッと言われても、表面上「ああ、そりゃそう思いますよね~」と流しながら、心の中で(私は長い時間をかけてここまでたどり着いたの。100回考えてもこれしかなかったと思っているの。)と胸を張っていられます。

他人の言葉にあれほど傷ついたいたのに、と自分でも驚きます。

私の場合は、結果的に罪悪感が薄れてきた、という感覚なのですが、これから罪悪感に立ち向かおうとされている方は、本書が参考になるのではと思います。
参考までに、ごく一部ですが具体策を紹介します。

自分を許すための一歩

人に対して言わないような言葉は自分にも言わない

 「あなたが自分自身に対して言っている言葉を、人に対して言ったら、どうなると思いますか? 少なくても名誉棄損、もしかすると傷害罪になっちゃいませんか?」

根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.1134


たとえば「君ってほんと無能だね」なんて、他人には面と向かって言わないですよね。
少なくとも、好きな人や友人には絶対言いません。
(まあ、ひと昔前はこういう感じの偉そうなおじさんが会社などにいたかもしれませんが、今はパワハラなどに該当しそうです)

人に言わないのは、そんなこと言ったら相手に失礼だからですよね。
どうして自分には失礼ではないのでしょう?
幼い頃に親や兄弟親戚からやられて、感覚が麻痺してしまっていないでしょうか?

私自身もかつて、自分に厳しい言葉をかけることこそ「よい事」「修行」だと思っていました。

でも、そんなことは全くありませんでした。
常に苦しいだけでなく、気づいたときには人生の行き止まりが迫っていました。

とはいえ、自分責めがクセになっていると、「あーまた自分責めしてしまったー!!!」と新たに責め材料を見つけてしまうんですよね。

なにごとも「こうすべき」と決めてしまうと、そこから外れたときにつらいので、「できるときにやる」で十分なのだと思います。

「これが今の私」

「人に言わないようなことは自分に言わない」が難しい場合は、

罪悪感を覚え、自分を責めそうになったときに、ただ「それが今の私だから」とつぶやく(心の中で思う)だけでいいんです。それが「今の自分をゆるす」ということにつながります。

根本裕幸『いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本』Kindle版 位置No.1167


どんな結果であれ、「過去の自分なりに、改善しようとして、できることをやってきた」のですよね。

客観的な評価などは一切置いておいて、悩みながらも一生懸命生きてきたこと、そのこと自体を、せめて自分だけは肯定してあげたいものです。

「今の私も、私なりに頑張ってきた私」と。

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クセはなかなか抜けないもの、気づいたら意識していけばいい

私自身もそうだったのですけど、本を読んだりしていると「なるほど! こういう考えがあるのか! よし、もう自分責めやめるぞ!」とそのときは光が見えるんですね。

でも、何時間かすると元の状態に戻っているんですよ 笑
翌日にはもう自分責めを再開していたりする 笑

長年、自分に冷たくしているとそうなりますよね。
クセってそういうものですものね。

なので、「はっ! また自分責めやってる」と思ったら、その都度軌道修正すればよいのだろうと思います。

私の場合は、「こんな感じの本、前にも読んだな」と思いながらも、読んでいる間だけは心が安らぐので、親子関係や人間関係の本を飽きもせずに読んでいました。

すると、いつのまにか、新しい考えのほうが「当たり前」になってきて、少しずつ考え方が変わっていったように思います。

自分がここちよい状態にいられるように意識することが、人生をよくする秘訣なのかもしれませんね。
(昔の私は「それって甘え」と思っていましたが……苦痛を放棄した現在のほうがはるかに心身とも健康なので……かのブッダが言ったように「苦行は無意味」なのかもしれませんね)。

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