ししもとの読書ノート

生きづらさの軽減をめざして

他者はそれほど注目していない |感想『「気にしい」のもやもやが消える方法』

以前の記事でも書きましたが、私は(とりわけ人間関係にまつわる)細かいことが気になるタイプ。

敏感さとか心配症とか、関連の本も読んできましたので、肩の力を抜いて生きるといいますか、自分にフィットした生き方にたどり着きつつあるとは思います。

が、いまだに「気にしい」が顔を出すことももちろんあり、「気にしい」関係の本を見かけると読んでしまいます。

根本橘夫『「気にしい」のもやもやが消える方法』WAVE出版(2018)

「気にしい」のもやもやが消える方法

「気にしい」のもやもやが消える方法

 

 

 

どんな本?

「気にしい」から抜け出すために、その本質を知り、対処法を身につけよう、という内容。

本の最後の「おわりに」で書かれていた言葉が本書を象徴していたので引用します。

 心理的に悩んでいる人はいやしの本を何冊も何冊も読むことで、かえって同じ場所にとどまっていることが少なくありません。
 本書は慰めを得るための本ではありません。実行するための本です。読むだけでは変われません。行動しなければ何事も変えられないのです。自分に合うと思った方法を、ぜひ試してみてください。

引用元:根本橘夫『「気にしい」のもやもやが消える方法』WAVE出版(2018)p.220

 

いやしの本を何冊も読む→かえってその場にとどまる。
自分にもきっとそういうフシがあるので、ものすごくギクッとしました。

私としては、本を読んだおかげで、生き方にまつわる悩みが改善しつつあるのは間違いないとは思うのですが、それでも現時点までに何百冊もの本を読んでいますので…歩みは相当遅いほう。
無意識のうちに、慰めを得るために読んでいた、という面はありそうです。

まぁ、それはそれで、自分には必要なプロセスだったかもしれないのでよしとして。
今後は本を読んだ後に実践してみるとか、行動するといったことを、より意識していこうと思ったのでした(このブログを運営するようになって、だいぶ実践率は上がりましたが)。

よかったところ

なぜ「気にしい」が生じるのか

「気にしい」と一言に言っても、表出の仕方は人それぞれ。

私が当てはまったのは、「メールの返信が来ないと、何か変なことを言ってしまったのではないか、と不安になる」とか「不機嫌な人がいると自分のせいだと思う」とか、「ちょっとの不調でも、重大な病ではないかと心配になる」とか。

これ以外にもいろんな「気にしい」がありますね。

「気にしい」が重篤になると、仕事に集中できないとか、人間関係が重荷とか、不都合が生じてしまいます。


ではなぜ、「気にしい」になってしまうのか。
それにはいろんな理由が絡み合っています。

・社会
(資本主義による競争社会→競争ゆえ常に人と比べられる→自己肯定感低下→傷つきやすくなる)
・文化
(ルール厳守→間違うことへの不寛容)
・生まれながらの気質
(参考:HSPに関する本の過去記事)

・親のしつけ
(端的にいえば、しつけは自分を「監視する自分」を子どもの心の中に植えつけること→行き過ぎると自分で自分を束縛することに)
・自分で追い込む
(ささいなことに執着)
・トラウマ

私自身、すべての要素に覚えがあります…(汗)

ただ、社会的・文化的要因は、おおむね皆に共通なので、やはり生まれながらの気質と家庭環境の寄与が大きいのかな、という気がします。


気にしいの深層心理

「気にしい」の本質は外界に脅威を感じている、ということ。
要するに、傷つくことを怖れているわけですね。
それは、安定した自己価値感を獲得できていないから。

自己価値感を貶められないように、と防御的になってしまう→防御のためには敏感にならざるを得ない、というわけです。

他者からの評価を過度に意識するのは、それによって自己価値感が大きく揺れ動くからです。

引用元:根本橘夫『「気にしい」のもやもやが消える方法』WAVE出版(2018)p.220 

まさにそんな感じで生きてきました。

他者から評価されれば「生きていていいんだ」と思えるし、他者から批判されれば「どうしよう、この世界から弾き飛ばされるかも」と不安になる。

他者から認められたいがために、自己犠牲といえるほどの努力をしてしまい、最終的にダウンする、と。

私の場合は、元は親に認めらなければ、だったのですが、いつのまにか親も含めた周囲の人にまで、対象が拡大していました。

子ども時代の無力感をひきずっているに過ぎないのですよね…。

だいぶ「ダメダメでも、まぁ、いっか」と思えるようになりつつありますが、「気にしい」が生き方の癖みたいになってしまっているので、どうしても抜け出しきれない部分はあると思います。

著者さんも、「気にしい」をなおすのではなくて、受け入れて、生かそう、というようなことを述べておられます。

具体的にいえば、「気にしい」の人は丁寧とか慎重といったところがあるので、それらは仕事などでは有利に働く場合もある(量より質で勝負。質がいいものを積み上げる)とか。
逆に、おおらかすぎて(忘れっぽいなど)困っている人もいる、ということを忘れない、とか。

心の持ち方

一見謙虚にもみえる「気にしい」。
しかし、そこには「尊大な自己中心性」が隠れている、といいます。
というのも、「みんなが常に自分に注目している」と思っているから。
人それぞれ、自分のことに忙しいのだから、実のところそれほど注目されてはいないのが現実、ということです。

「気にしい」な私には、グサッときました。
が、的を射てるなーとも思います。

私の場合は、一人っ子だったこともあり、母に常に監視(干渉)されていましたので、「注目されている感」をビシビシ感じて育ちました。

良い意味での注目(愛情、見守る)なら問題なかろうと思うのですが、注目というよりは「見張られている感」でしたので、他者もまた私のことを見張っているに違いない、と思い込んでしまいました。

「見張られている!」と思い込んでいるので、どうしても緊張でぎこちなくなってしまったり、顔色を伺ってしまう→そのせいで相手も「おや?」と思ったりする→「やっぱり見張られているんだ! こわい!」
そんな、自分の思い込みがつくる罠にはまっていた気がします。

周囲の人は、母のような人ばかりではないのだから、人の目を気にしそうになったら「他者は私のことなどさほど注目していない」と言い聞かせるようにしよう、と思いました。

対処法あれこれ

いろんな「気にしい」に合わせた対処法が本書には記載されています。
先に引用したように、自分に合う対処法を実行してほしい、というのが著者さんの思いなので、対処法もバリエーションに富んでいます。

私が参考にしようと思ったのは、予期不安に対する対処法。
予期不安とは、「また起こるのではないか」という不安。

例えば、パニック障害を持っている方だと「電車でパニックになったらどうしよう」と思ったりしますよね。

私自身はパニック障害はないのですが、「大事な場面で突然体調を崩したらどうしよう」というような予期不安を感じることがあります。
(実際に突然体調を崩したことなどはないのですが…幼少期のトラウマをひきずっているのではないかと思います)

過去には、頭の中が不安でいっぱいで、仕事に集中できないこともありました。

予期不安には、周囲の人に知らせておくことが有効です。
知らせる相手をある程度選ぶ必要はあるでしょうが、事前に症状を打ち明けることで、安心できる場合も。

ですので最近は「もともと不安が強いところがあって、急に動揺したりすることがあるかもしれないけれど…」と伝えておいたりします。

「そんなの気持ちの問題」と批判されるかと思いきや(言う人もいます。そういう人には打ち明けない方がよろしいかと)、「ああ、不安が強いんだねー、なんとなくわかってたよー」くらいにあっけらかんと受け止めてもらえる場合も。

私の経験ですと、「理解してもらえないのでは…」とビクビクしながら言うとうまく伝わらない気がします。
「普通の人からすればおかしいのは自分でもわかっているのだけど…」と冷静に説明すると案外伝わる気がします。

受け止めてもらうと、本当にラクになるのですよね。
私の親や親戚は「そんなのあんたがおかしい」というタイプでしたので、身近な人に理解してもらえず、辛かった。
他人の方が意外と受け止めてくれたりするものですね。

血がつながっているとかいないとかは関係なく、親しくする相手は選ばないといけないな、と思うのでした。

私も、もし何か打ち明けてもらうことがあったら、否定せずに受け止めてあげられる状態でありたい、と思っています。


おわりに

あらゆる「気にしい」をラクにするための対処法が書かれていますので、自分は「気にしい」だと自覚がある方には参考になると思います。



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