加藤諦三氏の「大人になりきれない人」の心理 (PHP文庫)感想(後半)です。
幼少期に親から愛情をもらえなかった(ありのままの姿を認めてもらえなかった)人は、あるところで心理的な成長が止まってしまう。
実年齢は大人なのに、心は五歳なので、大人としての責任を果たすことがつらい、ということでした。
では、自分が五歳児の大人だと気づいたら、今後どう生きていけばよいのでしょうか。
(前半をまだお読みでない方はこちらから)
深刻な生きづらさは愛情不足のせいかもしれない |感想①『「大人になりきれない人」の心理』
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五歳児の大人はどう生きていったらよいのか
不毛な家庭で育ったにも関わらず幸せな人の特徴3つ
私は誓って言うが、人の幸せは絶対に財産や名誉ではない。人の幸せの原点は、情緒的に成熟した親を持つことである。
引用元:加藤諦三『「大人になりきれない人」の心理』(PHP出版・2008)p.140
幸せの原点は情緒的に成熟した親を持つこと。
このように言われると、不毛な家庭に生まれた人間としては、絶望的な感じがしますよね…。
しかしながら、不毛な家庭で育ったにも関わらず、幸せな人というのが存在するらしいのです。
それにはもちろん、本人の気質が関係しているのですが、彼らから学べることがある、と著者は言います。
不毛な家で育っても幸せな人の特徴としては
① 持っている才能をきちんと使っている
(特別な才能のことを言っているのではなくて、今日一日をきちんと生きるということが出発点。一日をきちんと生きているうちに、才能やその使い方がわかってくる)
② 信仰と祈り
(必ずしも○○教といった宗教が必要と言っているのではなくて、自分の信じたいことを信じる、祈る、ということ)
③ 趣味をもつ
(大層なものである必要はなくて、楽しく何かをするということ)
この三点は五歳児の大人が幸せになるために大切なことだと著者はいいます。
ただし、この三点は、長期的といいますか、生きる姿勢ですので、いきなり満たそうと思っても、なかなか難しいかもしれません。
もっと手っ取り早くできることないの、という方は以下の具体策のほうが取り組みやすく、結果も感じやすい、かと思われます。
不毛な家庭で育った人が人生を改善するためにすぐにできること3つ
嫌いな人から離れる
五歳児の大人は、愛情不足なので、つい他人に好かれたくて迎合してしまいがちです。
いいカモにされがち。
次第に「利用してやろう」という人ばかりが寄ってくるようになります。
それでイヤな思いを重ねていって、どんどん周りの人のことが嫌いになっていってしまうという負のループにはまります。これでは生きるのが辛くて当たり前です。
ここで大事なのが「孤独を覚悟する」ということ。
好かれたい気持ちが大きすぎて「嫌いな人からも好かれたい」という状態になっているのが問題なのです。
孤独になってもいいから、自分をただ利用するだけの人間とは離れる、と決意することが大事。
とても怖くて、勇気のいることですが……とても大事なことです。
もし、嫌いな人から離れていなかったら、私はいまだに辛い人生を送っていたと思います。
自分の愚かさを反省する
少し厳しいように感じるかもしれませんが、嫌いな人にすら好かれようとした自分の愚かさを反省する必要もあります。
いくら不遇な環境だったとはいえ、自分に執着してしまって、冷静にものを見れていなかった、ということでもありますから。
「こんなずるい人たちからよく思ってもらうために、自分は無理をして生きてきたのか」という自分の愚かさを反省することである。
引用元:加藤諦三『「大人になりきれない人」の心理』(PHP出版・2008)p.173
ただし、自分を利用する人のことを「ずるい人」とはっきり認識できるようになるまで時間がかかったりするかもしれません。
「ずるい人」は自分のことを「ずるい人」と見せないようにするのがうまかったりもしますから。とはいえ、心の奥底ではわかっているはずなのです、利用されていることを。
「ずるい人」を「ずるい人」と認めたくないような気持ちも出てきたりします。認めてしまうと、今までの自分は何だったんだろうとものすごい虚しさに襲われますので。
でも、あるとき、覚悟を決められるときがくると思います。
私の場合は「これ以上もう、我慢できない」と堪忍袋の緒が切れたのがきっかけでした。
母なるものをもたない母のもとに生まれた人として生きていく覚悟を決める
引用元:加藤諦三『「大人になりきれない人」の心理』(PHP出版・2008)p.198
覚悟を決めたら、自分を冷静に見つめ直し、反省すべきところは反省する。
私はそれで人生が開けました。
自分をひたすら見つめ直していると、自分に欠けているものがわかるようになってきます。
欠けているものがわかれば、誰とつき合うか、誰を見習うか、誰を尊敬するか、何をするか、どこに就職するか…いろんなことが変わってきます。
原因がわかれば、解決の糸口もつかめるのです。
恨みを消すために「人から何をしてもらったか」の日記をつける
自分と向き合う過程において、自分を利用してきたずるい人に対する恨み辛みが噴出することもあると思います。
しばらくの間、それも仕方のないことだとは思います。
私は、「こんなことが辛かった」「あんなことがイヤだった」と何度も紙に書き出したりしました。それだけでも少しずつ恨みは薄れていきました。
でも、気持ちを書き出すだけだと、なにか足りないような気がするんです。
「私、大変だったな」とは思えるんですが、下手すると自己憐憫の方向に進んでしまいそうな気がする。
だからこそ、「人から何をしてもらったか」に目を向けることが大事なのだと思います。
恨みを消すためには、「今日は人から何をしてもらったか」の日記をつけることである。
五歳児の大人は、自分が相手にしてもらったことはまったく忘れてしまっている。また人からやられたことはいつまでも覚えているが、自分が相手を傷つけたことは意識していない。
引用元:加藤諦三『「大人になりきれない人」の心理』(PHP出版・2008)p.230
自分が人にしてあげたことも、自分がしてもらったことも、どっちも覚えているのが大切。
確かに、自身を振り返ってみると、してあげたことばかり覚えていた気がします……(反省)。
「今日は人から何をしてもらったか」を書き出してみると、意外といろいろしてもらっていることに気づきます。
もちろん、そんなに大それたことでなくていいのです。
友達が連絡をくれたとか、カフェの店員さんが話しかけてくれたとか、スーパーのレジで丁寧に会計をしてもらったとか。
そういった、小さな親切、気遣いを数え上げられるようになると、幸せに近づくのかなと感じます。
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まとめ
自分が「五歳児の大人」だと気づいたら、今後どうしたらよいか、について。
【全体的な方針】
・持っている才能を使う(1日をきちんと生きる)
・人生がよくなることを信じる、祈る(※特定の宗教というではない)
・趣味を持つ(楽しく何かをする)
【すぐにできること】
・利用してくる人から離れる
・嫌いな人にすら好かれようとした自分の愚かさを反省する
・人からしてもらったこと日記をつける
参考文献