ししもとの読書ノート

生きづらさの軽減をめざして

できる人は意外と少ないから、武器にできるかもしれない |感想『ずるい考え方 ~ゼロから始めるラテラルシンキング入門~』

Kindle Unlimited(定額読み放題サービス)で本を探していて、タイトルが気になったので読んでみました。

木村尚義『ずるい考え方 ~ゼロから始めるラテラルシンキング入門~』あき出版(2014)

 

ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門
 

 

 

 

どんな本? ラテラルシンキングとは?

サブタイトルにもあるように、ラテラルシンキングとは何ぞや?という人のための本です。

ラテラルシンキングを日本語に直すと「水平思考」。
水平思考と聞いても「ははあ」という感じですよね。

ラテラルシンキングは1967年にエドワード・デ・ボノ博士によって提案され、

「どんな前提条件にも支配されない自由な思考法」

木村尚義『ずるい考え方 ~ゼロから始めるラテラルシンキング入門~』あき出版(2014)


これだけでもまたピンとこないかもしれません。

ざっくり言うと、ある課題に対して、(現実的に不可能と思われるものも含めて)たくさん解法を考える、といった感じでしょうか。


本書では、アーチェリーを例に解説されていました。

アーチェリーでは的の中心に矢を当てることを求められますよね。

どうしたら的の中心に当てられるか、ということを考えるとき。
理屈で考えるなら、「練習する」とか「技術的に云々」とかだと思います。

しかし一旦、ルールを取っ払ってみると、「的の中心を大きくする」とか「弓を超長くする」とか「すぐ近くから放つ」など、本質的な解も出てくるわけです。

これが「ラテラルシンキング」なるもの。

アーチェリーはスポーツであり、明確なルールがありますから、実際は的を大きくしたりすることはできませんが、ビジネスなどの分野ではラテラルシンキングによって出てきたアイディアが使える場合があるわけですね。

実際、かつての有名なビジネスマンや研究者たちは「あっ」と驚くような方法で売り上げを伸ばしたり、成果を上げてきたそうです。

たとえば雪まつり。
雪かき後の大量の雪は邪魔者扱いで、ただ積み上げていただけだったそうです。
それを雪像にしたことで、今や超人気の祭典ですからね。


決して「やってはいけない」ことではないのだけれど、「その手があったか!」「それは盲点だった!」というような手を使っているので「ずるい!」と思われることもある、というわけで、タイトルも『ずるい考え方』となっているようです。

この「ラテラルシンキング」の具体例や、どう練習したらできるようになるか、といったことが書かれた本です。

あまり小難しいことはなく、ラテラルシンキングの概念を理解することに重きが置かれているかな、と思いました。


学校で習うのはロジカルシンキングなので、これは得意な人も多いのですが、ラテラルシンキングはあまりやる機会がないですよね。

ラテラルシンキングでたくさんの選択しを出し、ロジカルシンキングでそれらを考察する、というのが大事だそうです。



本書の感想はここまで。
以下は単なる私的な振り返りです。

ひとりごと

以前勤めていた職場では、私よりもロジカルシンキングが得意な人は山ほどいましたが、意外とラテラルシンキングが得意な人は少なかったように思います。

ロジカルシンキングが得意だと、そっちを磨いていけば十分戦えますしね。
受験などで求められるのはロジカルシンキングですしね。

本書を読んでいて思ったのですが、(自分でいうのはアレかもしれませんが)意外とラテラルシンキングが得意だったかな、と。
それをラテラルシンキングと呼ぶとは全く思っていなくて、自然にやっていたのですが。

もちろん、偉人のような発想力を持っていたわけではないです。

ロジカルシンキングが得意な人が「それはこうこうこういう理由でできない、できたとしても時間かかるからムダ」とスルーしているものごとのうち、たまに「いや、これはイケる気がする」と思うことがあるんです。
で、やってみると、確かに試行錯誤は必要ですが、結果的にできるんです。

他の人にとってみれば、すでに「できない、それはムダ」と捨てたことなので、私がやってみせるとびっくりしていましたね。

(普段見くびっている)私が成果を出したことで、「部下の成果を横取りしたんじゃないか」と誤解されたり、嫌な思いもかなりしたんですが、今考えれば「俺だって発想としては持っていた、やらなかっただけ」という、本書でいうところの「ずるい」みたいな感情があったのかもしれません。


ともあれ、発想力とまでいえないかもしれませんが、何かしらの勘みたいなものを持っていたような気がします。

今振り返ると、それって、けっこう大事な能力だし、意外と替えがきかないものだったのかな、と思います。
当時はまったく気づけなかったのですが。


当時の職場には「他人を論破できる=偉い」みたいな雰囲気があった(というか、私が勝手に感じていた)のですが、「激しい議論=ほとんど喧嘩」と捉えて気が引けてしまう私は、「ここでは活躍できない」と思い込んでいました。

ある意味、それは事実でもあったのかもしれないけれど。

「どうやら少数派の発想ができることもあるらしい」
いえ、あえて大げさにいえば
「意外とラテラルシンキングが得意らしい」
と自分自身で認識できていれば、もっと自分を活かせたのかなあ、と後悔(?)いや、反省(?)しています。

今後、何らかの形で活かせる機会があるといいな、と思います。

そのためには、日ごろから意識的にラテラルシンキングの練習をしておかないと、ですね。


おわりに

ロジカルシンキングのエキスパートといえば、、、。
そう、コンピューターですよね。

我々が何時間もかかるような計算も、一瞬でやってしまいますから、どう頑張っても太刀打ちできません。

AIの研究もどんどん進んでいますし。

というわけで、今後は人間にしかできない発想力を磨いていこう、と著者はいいます。

普段から頭をやわらかく使っていきたい、と切に思いました。
意識しないと、考え方のクセってどんどん凝り固まっていきますものね。


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