足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

被害感情からの特権意識は、人のことを傷つけるだけでなく、自分にも返ってくる【時事】

なんとなくざわざわしてしまって、書かずにおれなかったのでとりとめもなく書いてみます。

安倍元総理の銃撃の件で、精神科医の片田珠美氏が容疑者の心理を解説した記事より引用。

こういう家庭環境で育った人のなかには、「不公正に不利益をこうむったのだから、自分には特権が与えられてしかるべきだ」と思い込み、自分には「例外」を要求する権利があるという思いが確信にまで強まっているタイプが存在する。このようなタイプをフロイトは<例外者>と呼んだ。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2022/07/post_306272_2.html
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同じようなことをテレビでもおっしゃっていて、ツイッターなどではさまざまな意見があるようです(生い立ちのせいにしていてけしからんとか)。

もちろん、容疑者のやったことは絶対的に許されないことです。


でも私、おそろしいことに「不公正に不利益をこうむったのだから、自分には特権が与えられてしかるべきだ」という”例外者”の考え方のところだけは、ちょっと理解できてしまうんですよ……。
(※容疑者の考え方がわかると言っているのではなく、特権意識の部分だけはわかる、ということです)

もちろん、誰かを傷つけたりしようなんて気持ちは皆無ですよ。

ただ、「これだけ親のことで大変な目に遭ってきたんだから、ちょっとくらい楽したっていいじゃない」というような気持ちは、確かにずっと持っていたのです。

最近では「たとえ幸せそうに見える人でも、その人なりの苦労や事情がある」というのが非常によくわかってきたので、折り合いがついてはきましたが。

若い頃は、人様の事情が見えていなくて、自分の傷ばかり見ていたのです。

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「私、こんなに大変だったんだから」の結果

話を聞いてくれる優しい友人に対して、「私、こんなに苦労してきたんだから、話聞いてくれるくらいいいでしょ」みたいな、おごった気持ちを持っていた時期がありました(今現在ですら気をつけないと親の話をそういうトーンでしてしまうことがある)。

もちろん、顕在意識下では、相手にすごく感謝しているつもりなんです。

でも、相手には、こちらの特権意識というか、「ちょっとくらい優しくしてくれたっていいでしょ」みたいなものが伝わってしまっていたのだと思います。

相手と会話しているようで、相手のことを全く見ていない。自分のことしか見ていない。結局、自分自分自分、だったのです。

それでも、その優しい友人は、私に指摘するでもなく、あからさまに態度を変えることもありませんでした。

ただ、なんとなく、ほんとうになんとなく、じわじわと距離が離れていくような感覚はありました。

数年後にやっと気づく

その優しい友人とバッタリ再開したのは、別の共通の友人の結婚式でした。

私は嬉しくて「〇〇ちゃん!」と彼女に駆け寄りました。
しかし、彼女は、ものすごくひきつった表情でフリーズしたのです。

誰にでも優しくて、いつもニコニコしている子で、どんなに嫌な人にでも、(少なくとも表面上は)愛想のよい子なのに、です。

心構えができていなくて、咄嗟に反応してしまった、という感じでした。

たとえば、きれいに整備された道を気分よく歩いていたら、汚物がうっかり視界に入ってしまったときの「うわっ」という感じ、あれに近いのでは、と想像させるような、そんな表情でした。

後で彼女は「雰囲気が変わったからビックリしちゃって」とフォローしてくれましたが、ビックリしたとかではなくて、あれは「嫌悪」に近い表情だったと思います。

当時のあさはかな私は、「(単純にビックリしたわけじゃない感じがするのだけど……)彼女がそう言うなら、そうなのかな」とのんきに捉えてしまいましたが。

本当はその優しい友人に、実はとんでもなく嫌われていたのだ、と今さら気づきました。

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結果は、結局自分に返ってくる

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親が不幸自慢の権化だったので、「悩みがあれば声を大にして言うもの」、つまり「文句を言わない人はこれといった悩みもないのだろう」と短絡的に考えてしまっていました(今思うと、どれだけ浅はかだったのだろう、と恥ずかしくて仕方ないです)。

だから、だれもがいろんな思いを我慢したり押し込めたりしながら生きていることに気づかず、「これくらい、聞いてくれたっていいでしょ」「少しくらい優しさを享受してもいいよね」と、やってしまっていました。

しかも当時は、「失礼なことをしている」という意識がまったくなかったのです(おそろしい)。

本当に反省です……。

と同時に、やったことは結局自分に戻ってきてしまうのだ、ということを実感してもいます。

私はあの、優しい友人から嫌われてしまったのですから。
彼女はきっと、連絡すれば今でも会ったりしてくれるでしょう、そういう人です。
でも、彼女の世界では、私はもう、信頼されていないのです。

人を大事にしなかった(つまり、自分のことも大事にしていなかった)、私自身のせいです。

たしかに起点は親かもしれません。
でも、親から継続的に向けられたそのストレスを、私もまた、優しい人に向けてしまっていたということなのです。

この記事を書きながら、過去に書いた自分を小馬鹿にしてくるような人とは離れたほうがいい理由 ともよく似た内容であることに気づきました。

 

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人を大事にするために、自分を大事にする

やられたことは、無意識のうちに、そして大抵は別の方向に向けて、やってしまうのです。

そう考えると、人を大事にしたい、人にやさしくしたい、と思うのであれば、まずは自分にやさしくすることが大事なんだなと思います。

「自分にやさしく」というと良くないイメージを持つ方もおられると思います。
私も、自分にやさしくすることは悪だと育てられてきたのでわかるのです。

でも、やっぱり、これまでの経験を振り返ると、自分の気持ちをないがしろにしていると、どこかで人のこともないがしろにしてしまうな、と実感しています。

「自分にやさしく」といっても、具体的にどういうことかわからない方もいると思います(私もずっとよくわからなかった)。

表面的な優しさでなくて、自分を受け止めるというか。
自分くらいは、自分のありのままを認めるというか。
ささやかな「〇〇したい」を可能な範囲で叶えていくというか。

そういう、小さなことの積み重ねなんだな、と思います。

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