ししもとの読書ノート

自分らしく生きるために知識をつける

〈お題「二十歳」〉成人式で振袖を着そびれた結果、結婚の予定もないのにウェディングドレスを着るはめになった思い出

 


はてなさんの今週のお題が「二十歳」ということで。
あー、そうか、成人式の時期かあ、と。

あと何年かで二度目の成人式が迫っている身としては、もうだいぶ昔の話なんですけど。
いまだに思い出すと胸がチクっとすることがありまして。

せっかくの機会なので、記事を書くことでその苦い思い出を昇華させようと思います。


振袖を着られなかった成人式

二十歳の頃は、大学に通っていました。

「学費は自分で払え」というのが父の方針。
経済的に困窮していたというよりは、「義務でもないのに好きで行くんだから」という考えだったようです。
(「大した大学でもないのに、なんでそんな大金を払わされなくちゃならないのだ」という気持ちもあったのでは、と疑ってしまうのですが)


授業が忙しかったのと、長距離通学(学費を払うのにいっぱいで、とても一人暮らしなどできなかった)でしたので、アルバイトも長期休みにまとめてやる感じで、けっこうキツかったです。

まあ、自分で(というか奨学金という借金で)学費を払うことによって、「1コマあたり2000円くらいかかるのだからムダにするまい!!」という意識が芽生えたりしたので、良かった面もあるんですが、親御さんに学費を出してもらったり、それどころか仕送りさえもらって、楽しそうに生きている(ように見える)人が正直うらやましかったです。



当然、成人式だからといって、振袖をレンタルする余裕もありません。

親御さんが援助してくれたりするご家庭もあるのでしょうか。

父は「成人式なんて普段着で行けばいい」というタイプだし。
母は(スパイク付きの)土足で人の心の大地を荒らしまくるくせに、大事な場面に限って完全スルーな人。


ほとんどの女性が着飾っているのだろうと思うと気が引けてしまって、成人式には行きませんでした。
今なら気にしないですが、若い頃は自意識過剰なところもありましたもので(汗)

成人式後にホテルで行われた高校の同窓会だけ、普段着で顔を出しました。
ドレスの子が一人か二人いたくらいで、おおかた振袖、普段着は私だけでしたね。
ありがたいことに、普段着でも暖かく迎えてくれたので、そこまでみじめさは感じずに過ごせたような気がするのですけど。



晴れ着を着れなかったのも残念な思い出なのですが……このあとさらに残念な方向に向かっていきます。


親戚は気を遣ってくれたのだが……

後日、私の成人式の話を聞いて、不憫に思った親戚のおばちゃんが、「じゃあ、写真だけでも撮りなさい、写真のお金は出してあげるから」と言ってくれました。

あー、よかった、これで、今後成人式に禍根を残さずに生きていける。
おばちゃんありがとう!
そう思いました。

そして、親戚一家がよく利用するという写真スタジオに連れて行ってもらいました。

どんな衣装があるのかな、とワクワクしていると。

困ったような顔で出てきた店員さんがひとこと。
「大人用はウェディングドレスしかないんです……」と。

えっ?
成人式の記念なのに、ウェディングドレス!?
結婚の予定とかゼロなのに、ウェディングドレス!?
モデルさんや女優さんなら仕事で着る機会があるでしょうけど、こちとらただの垢抜けない大学生。
しかも、仕事などでウエディングドレスを着ると婚期が遅くなるという噂まであるのに!(まあ、それは迷信だとしても)


私は知らなかったんですが、その写真スタジオは、子供さん向けのところだったんですよね(だからスタジオは悪くない)。

私に意思確認するでもなく、
「ええですええです、もうウェディングドレスでええわ」
と返答してしまう親戚のおばちゃん。

よ、、、よくないけど……でも、せっかく連れてきてくれたのだし、いいか、ウェディングドレスでもいいか!
おばちゃんの厚意を無駄にしたくないもの!
うん、大丈夫、かわいいカラードレスとかもあるかもだし!

そう自分に言い聞かせました。


そして目の前に出されたのは、超いかつい肩パッドのついた、ウェディングドレス(白)。
文化祭か何かで使ったのかな?というレベルに薄汚れている。
生地もゴワゴワで安っぽい。。。

着てみると、とにかく肩パッドがモリモリで「戦闘服」めいている……バブル期の遺産がここに。
古いデザインだからか、一応はピチピチの若者だった私の顔にはフィットせず。
ワンサイズしかないため、ドレスが大きすぎてブカブカ……。


追い打ちをかけるように、なぜか省略されるヘアメイク(お値段の都合か、あるいはスタジオ側の都合か)。

「写真スタジオできれいにしてもらうからいっか」と完全すっぴん、寝ぐせすら直さずに来てしまった。
寝ぐせ部分だけをピンで留められ、安っぽいティアラを装着して速攻で撮影へ。

ぜ……全然笑えない。
むしろつらい。

いやいや、連れてきてもらっただけでも感謝しなくちゃ!
でも、正直……なんだろう……恥ずかしいような、みじめなような。

案の定、出来上がった写真の顔は超ひきつっていました。
特に目が死んでおりました。



もちろん、おばちゃんには御礼を言いましたが。

父も母も、私の成人式など完全スルーだった中、おばちゃんだけが反応してくれたのですから、そこは感謝です。


二十歳の私は、押し入れの中で眠り続ける

写真はすぐに押し入れの奥のほうに葬り去りました。
見ると、なんだか胸がチクッとするからです。

言語化すると、「あんたなんかこんなもんでいいでしょ」というメッセージを、成人式にまつわる一連の出来事から勝手に感じてしまったんですよね(あくまで勝手に)。

私なんか妥協されてもいいような人間なんだ、という気がしてくるような……。
おまえごときは成人式などやる資格もない、と言われているような(大げさ)。

でも、決して誰も悪くないんです。

悪いとしたら、「成人式の写真=着物で、ヘアメイクもしてもらって」と私が勝手に期待を膨らませていたのがよくなかった。

あるいは、ウェディングドレスしかないと判明した時点で「それなら考え直させてください」と丁重にお断りすればよかったんです。


でも、二十歳の私にはそんなことを言える勇気はなかった。
親戚のおばちゃんにも、写真スタジオの人にも申し訳ないから。
だから、あのときはあれでよかったんだと思います。

でもその代わり、「自分」を無視したような気がしました。
「私」が置いてけぼりになったような気がしました。


それから


「二十歳の私」は押入れの中で仮死状態となりつつも、引越しの度に発掘されます。
そのたびに「うわっ」となって、胸がチクリとします。

写真うつりがどうこう、よりも、当時の「置いてけぼりの自分」いえ、「自己主張できなかった自分」いや、「自分を大切にできなかった自分」が蘇って「うう……」となるんですよね。

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いつか、その写真をまじまじと見返しつつ「これはこれで良い思い出」と思える日がくるのでしょうか。

(人様から見れば、中年がいつまで過去にこだわってんだ、という感じでしょうけど)


たかが成人式、されど成人式

成人式で振袖を着そびれ、大学の卒業式でも袴を着そびれ、結婚の機会も逃しつづけ、本物のウェディングドレスは着ることができませんでした。


今後確実に着られることがわかっているのは……「死に装束」くらいでしょうか。
でも、それを着ているということは、自分はもうこの世にいないわけで。
か……観光地で着物の着付けでもしてもらおうかな!


たかが成人式、ではありますが、やるべきときにやるべきことをしておく、というのも実は大事なんだなあ、とこの歳になってしみじみ思います。


ただ、振袖を着たら着たで、「だれそれさんの衣装のほうがかわいかった」とか「あの色にすればよかった」とか、何かしら不満が出ていたのかもしれません。

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佐野厄除け大師境内にて撮影



年齢を重ねたら重ねたなりの楽しみもあるので、若さだけを礼賛するつもりはありませんが、若いときにしか似合わない衣装や髪型がたくさんあるのも事実。
若者のみなさん、今楽しめることを精一杯楽しんでください、と声を大にして言いたいです。


同時に私も、せめて普段の洋服くらいは好きな物を(年齢がどうとか)遠慮せずに着ていこう、と思ったのでした。
いつか白髪になったら、青か緑に染めようとも画策しています。


ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました!

今週のお題「二十歳」


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