ししもとの読書ノート

生きづらさの軽減をめざして

何を読んだらいいかわからないときに |感想『人生を狂わす名著50』

同じ系統の本ばかり読んでいると、どうしても定期的に飽きがやってきます。

ちょっと気分を変えたかったので

著:三宅香帆、絵:今日マチ子『人生を狂わす名著50』ライツ社(2017)


を読んでみました。

 

人生を狂わす名著50(ライツ社)

人生を狂わす名著50(ライツ社)

 

 

 



どんな本?

天狼院書店なる本屋さん、ご存じの方も多いでしょうか。
私は行ったことないですが、個性的な香りがぷんぷんします。

その京都天狼院の書店員として働いている(た?)著者が、お店のウェブサイトに「人生を狂わす名著20」という記事を書いたところ、話題となり、出版に至ったとのこと。

ひとことで言ってしまえば「著者のおすすめ本を紹介している本」なのですが、本に対する熱量がすごくて、圧倒されました。

こうして読書感想のブログを運営しておきながらアレですが、私はあまり「本をおすすめしている本」ってあまり読まないんです。
たぶん、あまり先入観を持ちたくないからかな、と思うんですが。
一口目はまっさらな気持ちで味わいたい、みたいな。

でも、この『人生を狂わす名著50』は読んで良かったかも。

ふつうに過ごしていたら私が興味を持つことなまずないであろう、というタイプの本が、あまりにも魅力的に書かれているので、「読んでみようかな」と思えたからです。

興味の幅を広げるための本、といってもよいかもしれません。

特に印象に残ったところなど、感想を記していきます。


村上春樹氏は「どうしようもないけど悲しいこと」を形にしている

村上作品って、評価がぱっくり分かれますよね。

過去記事でも書いていますが、私は『ノルウェイの森』で衝撃を受けた人間なので、彼の作品はおおむね好きです(中には気持ちがどんよりしすぎてしまって……というものもありますが)。
ほとんどすべて読んできました。

 (過去記事)

www.shishimoto-yuima.work

 
なので、「好きな作家は?」とか「どんな小説読むの?」と聞かれたら「村上春樹」と答えていた時期があります(今も好きですが)。

しかしながら、「村上春樹」と答えると「あー……」という微妙な反応が返ってくることが多々あるんですよね。

「あー……」という人々は、あんまり好きじゃないんでしょうね。
かといってこちらが好きと言っている以上、あからさまに悪く言うこともできずに「あー……」という反応になるのでしょう。

はっきりと「どこがいいのかサッパリわからなかった」とおっしゃる人も。

本書の著者、三宅氏も、村上作品は好きではなかったそうです。

村上春樹の描く小説は、はっきり言って、どいつもこいつも人が死に過ぎなのである。

著:三宅香帆、絵:今日マチ子『人生を狂わす名著50』ライツ者(2017)P.44 

 

まぁ、そういわれてみれば、そういう面はありますよねぇ(私は全然気にならなかったけれど)。

ところが著者三宅氏、今では村上作品がけっこう好きなのだとか。

「好きじゃない→けっこう好き」の転換がなぜ起こったのかはぜひ本書をごらんいただきたいのですが(共感される方も多いかと)、簡単にまとめますと。

あるとき著者三宅氏は、村上春樹の『眠り』(TVピープルに所収)を読んだら癒された、という経験をします。そして気づいたそう。

死ぬこと以外にも、世の中には「どうしようもないけど悲しいこと」ってのは案外たくさん転がっている。孤独とかいうものも、誰かと離れてしまうことも、時間が過ぎてしまうこともそのひとつだ。
 村上春樹は、その「どうしようもないけど悲しいこと」を小説って形にして、私たちに、はい、って差し出している。

著:三宅香帆、絵:今日マチ子『人生を狂わす名著50』ライツ者(2017)p.47、48 

 


村上作品に惹かれるのはなんでだろう、と自分でもよくわからず長年くすぶっていたものが、一気に吹き飛びました。

私がまったく言語化できずにいたところを、見事に言語化してくれました。

私自身が内包していた「どうしようもないけど悲しいこと」が、村上春樹氏の描く「どうしようもないけど悲しいこと」に、ある種の共感を覚えていたのだなぁ、と。

だから、人生に絶望していた時期にこそ、とてつもなく引き込まれたのだなあ、と納得がいきました。

今後「え、村上作品のどこがいいの?」と問われたら、きちんと説明できる気がします。
これまでは「うーん」となってうまく説明できず、そこで会話が終わってしまっていたので、ちょっとうれしい。


ちなみに「村上春樹どこがいいのかサッパリ」派の知人は、小説を読む際には「この舞台において、こういう条件を入れたら、こういう結果になる」という読み方をすると言っていました(実験の論文みたいに)。

もちろん、読書は自由ですから、そのような読み方もアリです。
(本人いわく「人の気持ちがわからない」から、小説を通して人間関係を学ぼうという気持ちがあるようです)

「こういう条件だと、こうなる」という結果重視型の読み方だと「結果:何人か死んだ」となるだけなので、村上春樹作品の肝である、「どうしようもなく圧倒的な悲しみって、あるよね」という部分を味わえないのかもしれないなあ、と思ったのでした(※あくまで知人のケースですが)。

結果重視型の読み方をする人はミステリーとかの方が向いているのかもしれませんね。


と、ここまで「小説に理解があるわたし」を装ってきましたが、私だって「ピンとこなかった」小説はたくさんあり、人のことぜんぜん言えないのです。

本書では、私も読んだことのある小説が他にも紹介されていたのですが、まあまあの確率で「へえ」とほぼスルーしておりました。
一方、著者の三宅氏はとてつもなく熱心に語っておられ「なるほど、小説って、本質的にはこういう、「響く」人のためにあるのだな」と実感しました(小説に限らないですが)。

小説の作者としても、ここまで理解してくれる読者がいる、というのは幸福なことだろうな、と。

逆に、「よくわからなかった」という場合は、「(著者が想定している)読者」にあてはまらなかった、ということなんだなぁ、と思います。

まぁ、そりゃそうですよね。
会話一つとってみても、「合う/合わない」があるのだから、そりゃ、小説、あるいは小説を介しての著者、とだって「合う/合わない」ありますよね。
性格、思考力、センス、諸々違いますし。

読書にしても、小説っていうひとつの芸術作品を本当にわかろうと思ったら、その書き手に追いつかなきゃいけない。

著:三宅香帆、絵:今日マチ子『人生を狂わす名著50』ライツ者(2017)P.103

 

何の本だったか忘れてしまいましたが、「名著を読めと若者に言ったって、天才と呼ばれる人たちが命を削って書いたものを、そう簡単に理解できるわけがない」的なことを読んだのを思い出しました。

まったくその通りだよなあ、と。

「日本語の文章」自体は(特別な事情がなければ)誰でも読めるので、「小説はだれでも読める」と勘違いしがちですが、「読む」には実はいろんな要素がある(共感力とか、経験値などもそうですよね)ので、一概には言えないよな、と思いました。


いつのまにか本書の感想よりも「小説」について考える、みたいな展開になってしまいました(汗)。


その他 気になった本

竹端寛『枠組み外しの旅――「個性化」が変える福祉社会』

枠組み外しの旅―― 「個性化」が変える福祉社会 (叢書 魂の脱植民地化 2)

枠組み外しの旅―― 「個性化」が変える福祉社会 (叢書 魂の脱植民地化 2)

 

 
「どうやったら人は変わるのか」という問題に向き合った本だそうです。

この本を読むと、結局、「勉強すること」がいちばん自由になれる方法なんだ、っていうことに気づくと思うのです。

著:三宅香帆、絵:今日マチ子『人生を狂わす名著50』ライツ者(2017)P.215

 

おおお、おもしろそう。


コリン・ウィルソン『アウトサイダー』

アウトサイダー (集英社文庫)

アウトサイダー (集英社文庫)

 

 なぜ私たちは日常生活に倦怠するのか、ということが書いてあるそうです。

若いころ、「なんで生きているのだろ」とか「生きる意味って」とか考えてこじらせた私には響くものがありそう。


こうの史代『ぼおるぺん古事記』 

ぼおるぺん古事記 (一)天の巻

ぼおるぺん古事記 (一)天の巻

 

古事記をボールペン一本で描いた絵で表しているらしい。
現代誤訳なし、原文ママだそうですが、絵のおかげで意味がわかるらしい。

私も古事記(現代語訳版)にトライしたことがあるのですが、神様の長ったらしい名前が続くと、それだけで眠くなった記憶が……。

絵があればいけるかも!

蛇足ですが、ボールペンを「ぼおるぺん」と表記しているところもいい。


おわりに

ここまで本のことを理解できる若い人がいるのだなあ、と感心しました(ちなみに著者三宅氏は私よりもずっと年下)。
とにかく本が好きなんだということがしっかり伝わってきます。
没頭できるものがある人は強いですね。


本を読みたい気分だけど、何を読んだらいいかわからない、という人にはかなり参考になるのではないかな、と思いました。

飽きさせない文体もいいです。



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