ししもとの読書ノート:アダルトチルドレン卒業まで

アダルトチルドレン当事者が読んできた本の感想を紹介しています

劣等感からの努力では救われない→自分の心に認められる考え方へ

 

親に私の存在をみとめてもらいたい。
生んでよかったと思ってほしい。
その一心で努力してきました。

大して好きでもない勉強もしたし、好きな服も着ることができず、人間関係を制限されようとも、「こうして我慢して親の意向に従っていれば、いつか私のことを認めてくれるはず」と思っていました。

けれど、「人を尊重する」という概念自体をもっていない人が相手だと、それはいつまで経っても叶えられないのです。

当たりの入っていない宝くじを、永遠に買い続けてしまうことになるのです。

「人を認めることができない人間に認めてもらおうとする努力ほど惨めな努力はない」


このことを、身をもって思い知るまで、30年かかってしまいました。

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劣等感からの努力では救われない

劣等感が強いと、誰かに認めてもらうことで、自分を保とうとするのが癖になっています。

 人は小さい頃からさまざまな屈辱を味わう。多くの人は劣等感で心が傷ついている。その心の傷を癒したい。そのために、社会的に成功して世の中を見返そうとする。
 その劣等感を動機とした努力は、残念ながら人を救わない。

引用元:『人生を後悔することになる人・ならない人』(p.174)

「劣等感を動機とした努力は、残念ながら人を救わない」
→もう、ほんとおっしゃる通りでして。

私自身も、「勉強ができないと親に愛されない」という恐怖心から学歴にこだわるようになってしまい、過剰な努力を続け、社会に出てすぐに、潰れてしまいました。

あまりにも無理を重ねたせいか、休んですぐ元に戻るようなものでもなく、色々と失ったと思います。すごく後悔しています。

そういった経験もあって、他人に認められることを目指すのは不毛だとわかってはいるんです。

人それぞれ、良い悪いの判断は変わるものですから。
ピンク色が好きな人もいれば苦手な人だっているのと同じで。
人によって感じ方が違うのだから、全員から認められることも絶対にない。

でもうっかり認められようとしてしまう、いまだに。

では具体的にどうしたらいいのかというと

「他人に認められる」を少しずつで良いから「他人ではなく、神様に認められる」という考え方に変えていくことである。
 神様といっても宗教のことをいっているのではない。
 自分の心の中の神のことである。自分の「心の砦」である。
 自分の心の中にある核に頼ることである。

引用元:『人生を後悔することになる人・ならない人』(p.177)


「自分の心の中の神に認められる」だとちょっとピンとこない人もいると思うのですが、私の感覚だと「少なくとも自分で自分を嫌わないようにする」という感じかなと思います。
自分自身が清々しい気持ちで存在できる、というか。

常に自分で自分のことを批判していると、どうしてもネガティブな気持ちになりますから、全然大したことでなくても「まぁまぁ、よくやったほうだよ」と意識的に思うように心がけています(ここだけは努力!)。

最初の頃は「いやいや、こんなのできて当たり前でしょ」と、なかなか自分を認められませんでしたが、無理やりにでも「まあまあ、よしとしよう」とか「まあこれくらいできれば十分じゃない?」と自分に声をかけていると、少しずつ心が緩んできました(時間はかかりましたが…)。

 誰も辛い気持ちを理解してくれなくても、あの夜空にいる神様は理解してくれている、そう信じて一人で立ち上がる。
引用元:『人生を後悔することになる人・ならない人』(p.179)

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自分が自分に失望しているということでもある

また、「相手に認められたい」を言い換えると、「相手に失望されたくない」ということでもあります。

なぜそんなに失望を恐れるのかというと、私の場合は、「失望される=見捨てられる=死」という、幼少期における親との関係がベースになっているから。

でも、大人になった今、誰かに失望されたところで、命を取られるほどのことでもないはず。

本当は、自分が自分に失望しているから「相手の失望が恐い」。だから、自分に対する自分の態度を変えれば「相手の失望が恐くなくなる」はずである。

引用元:『人生を後悔することになる人・ならない人』(p.183)


そうなんです、よくよく心の中を観察すると、自分が自分に失望しているんです。

元々は「親を幸せにしてあげられない自分がふがいない」だったのが、いつしか自己評価とガチガチに結びついてしまった。

でも、よく考えたら、子どもだったのだから、そもそもが未熟で許されるべき存在。
たった何年かしか生きていない子供なのに、大人である親を幸せにしないといけないって、おかしいですよね。

だから、「親のことを幸せにできなくてふがいない」なんて思う必要はなかったんですよね。

そうやって、自分のことを「価値なき者」と思っている上で、だれかに批判されると、「あああああ、やっぱりそうなんだ」と、ダメさを眼前につきつけられたようですごく傷ついてしまいます。

傷口をえぐられるというか、腫れているところを針でつつかれるような思い。

けれど、傷口や腫れ物って、気になるからと触ったりしていると、悪化するものですよね。
治すには、丁寧に、優しく扱うことが大切です。
これって、心の傷にも言えることなのだと思います。

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おわりに

・劣等感からの努力では救われない
→自分で自分を認められるように少しずつ変えていく

・相手の失望が怖いのは、自分が自分に失望しているから
→心ない言葉を余計に真に受けてしまう

・肉体の傷と同じで、心の傷にも優しくする

参考文献