前回の記事で、劣等感からの努力では救われない→自分の心に認められる考え方へと書きました。
ですが、「自分の心に認められる」って、難しいですよね。
なんたって、子どもの頃から親に否定され続け、そのうち自分自身でも自分を否定するクセがついてしまっているので。
本記事では、具体的にどうしたらいいのかということを学んでいきます。
本記事のポイント
・いまある劣等感は「破壊的メッセージ」を真に受けてしまったことによる
・破壊的メッセージで人を失望させる人間は、そうやって自身の心を癒している
→そんな卑怯な人の餌食になる必要はない

人生を後悔することになる人・ならない人 パラダイムシフトの心理学
- 作者: 加藤諦三
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自分に対する自分の態度を変えるには
卑怯な人間からの評価を信じるな
他人に認められようとするのではなく、自分の心に認められるように変えていきたい。
そのために、自分に対する自分の態度を変えよと著者は言います。
具体的にどういうことなのか。
自分に対する自分の態度を変えるには、まず今までの人間関係を反省する。
小さい頃、「お前はつまらない人間だ」という破壊的メッセージを、誰かから与えられた。そして、その不当なメッセージを真に受けた。
その不当なメッセージを真に受けた自分の受け身の態度を反省するとともに、そのメッセージの発信者を乗り越える。
人に破壊的メッセージを与え、人を失望させる人間は、実はその人自身が自分に失望しているのである。
自分に失望した人間の最も卑怯な心の癒やし方は、身近な弱い人を失望させることである。つまり弱い人を破壊することである。
自分からすすんで卑怯な人間の餌食になることはない。
引用元:『人生を後悔することになる人・ならない人』(p.183)
引用部分を簡単にまとめると
まず、不当なメッセージ(ダメ出し・否定など)を真に受けてしまったことを反省する。
そのメッセージ(ダメ出し・否定など)の発信者は卑怯な人間であることを理解する(その人自身がストレス解消をしていただけ)。
そんな卑怯な人間の餌食にはならないと決心する。
といったプロセスになるでしょうか。
けれど、「不当なメッセージを真に受けてしまう」のも仕方ないことですよね。
それを「しつけ」と言い張る親もいるから。
「しつけ=正しい行い」なのだから、しつけとして「あんたはダメね」と言われたのならば、素直な子供は直そうとしてしまう。
ダメなところが具体的ならば、まだ直しようがありますが、「あんたはダメ」という包括的な否定だと、自分が存在してよいのか、それ自体があやふやになってくる。
卑怯な人に評価されようとすればするほど、破壊的メッセージを取り込んでいくことになる。
そしてそれらはいつの間にか強固な劣等感を形成してしまうのですね。
しつけとして叱るのであれば、その対象は言動であって、子供自体をやみくもに否定する必要はないはずですよね(まぁ、実際に人を育てるとなると、そんな悠長なことを言っていられないのかもしれませんが…)。
自分の子供時代を思い返してみると、「しつけとして怒られている」状態と、「八つ当たりの代替として怒られている」状態は、なんとなく区別がついていたような気がします。
ともあれ、破壊的メッセージを真に受けてしまったとはいえ、子供だった自分にとっては、精一杯の行動だったのですよね。
なんとか生き延びるためだったのですよね。
だからそれ自体は仕方ないかもな、と思います。
今後、どう生きていくかが大事。
親が、自分の思い通りにならないからといって投げつけてきた呪いの言葉に縛られるなんて馬鹿らしい。
そう思えるようになれば、「私はダメな人間」ベースであらゆる現象を捉えていたのが、「人間だから常に完璧にできるわけじゃないよね」とか「ダメ人間のわりにはよくやったほうかも」などと少しずつ客観的に捉えられるようになるのだろうと思います。
それを積み重ねていくうちに劣等感も和らいでいくのかもしれません。
時間はかかるけれど。
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おわりに
・劣等感は小さいころに周囲の人からの破壊的メッセージを真に受けてしまったことによる
・破壊的メッセージを与えて人を失望させる人間は、それによって自身の心を癒している卑怯な人
・わざわざ卑怯な人間の餌食になる必要はない
・卑怯な人の破壊的メッセージを信じたことを反省する