ししもとの読書ノート

生きづらさの軽減をめざして

願望の断片から新しい行動が生まれる |感想『人生は「書くだけ」で動き出す』

数年前からライフログノートをつけています。

といっても仰々しいものではなく、どこにでも売っているA6サイズのノートに、起きた時間とか食べたものとか、出来事を時系列に記録する程度のものです。そのついでに、何か思いついたことや考えたこと、もやもやしたことなどあれば、追加で綴ります。忘れてはいけない用事とか、買うものなども。

きっかけは奥野宣之氏の『人生は一冊のノートにまとめなさい』を読んだこと。
(私の人生を変えるきっかけになった一冊でもあるので、記事にしようしようと思いつつ、まだできておらず。 ※本記事で紹介する本とも無関係です)

人生は1冊のノートにまとめなさい―体験を自分化する「100円ノート」ライフログ

人生は1冊のノートにまとめなさい―体験を自分化する「100円ノート」ライフログ

 

 

昔から、スケジュール帳とか、旅ノートといったものに妙に心をひかれるところがあったのですが、「人生は一冊のノートにまとめなさい」読み、ノートをつけることに完全覚醒、メモ魔と化しました。

メモ魔と化してからも、いや、メモ魔だからこそ余計に、スケジュール帳やノート類への興味が増している気がします。

自分のノートのつけ方はある程度確立したというのに、いや、したからこそ、さらなるバージョンアップをのぞめるアイディアはなかろうかと、ノート術や「書く」に関する本は定期的に読みたくなります。

というわけで、最近読んだ「書く」にまつわる本の感想を。

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』飛鳥新社(2014)

人生は「書くだけ」で動き出す

人生は「書くだけ」で動き出す

 

 

どんな本?

著者は、文章を読むのも書くのも苦手だったそうですが、「書くこと」を習慣にした結果、人生が開かれていく経験をしたといいます。
文章が苦手だったのに、今ではライターとして生計を立てるほどだそうで。

なお、本書でいう「書く」とは、本質的には「本当の自分の心に耳を傾ける」ということ。
本当の自分と向き合うことが目的なので、媒体はノートでもブログでもSNSでもOK(本書ではブログやSNSをおすすめされていました)。

文章が苦手な人でも、「書くこと」を習慣づけられるよう、考え方や実践のコツなどが書かれた本です。

基本的な姿勢は

私がやったことは心の衝動を文字にする。そして、時には誰かに見てもらう。ただそれだけです。

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』p.28

 
とのこと。
ただし、誰かに見せると思うと本心が書きづらくなる、という場合は、わざわざ公開しなくてもよいかな、と個人的には思います。

私自身も、ライフログノート自体は誰にも見せたことがありません。
しかし、こうしてブログを書いてもいますから、誰かに見てもらうことの良さもよく知っています。

なので、書いたことのうち、どの部分を見てもらうか、取捨選択していけばいいのかな、と思いました。

 

書くことで偽りなき自分を知る

自分の気持ちを表現するのが苦手な人は、努力の割には成果や幸福感を得られない傾向が強い

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』p.29 

 

これは私自身にも経験がありまして。
かつての私は、自分の気持ちなんて表現してはいけないものだと思っていました。
「自分の気持ちを表現=わがまま」
だと思いこんでいました。

もとを辿れば、自分の意志を表明すると「まったく、あんたはワガママなんだから(怒)」と母に言われてきたのが原因だと思います。

しかし、大人になって改めて考えてみると、自分の気持ちを表現すること自体がわがままなのではなくて、「自分の主張を他者に押しつけたり、無理強いすることがわがまま」なのではないか、と思います。

母はそのあたりの境界が理解できておらず、私が意志を持てばそれすなわち「わがまま」と裁いたため、私は自分の気持ちを表現できなくなっていきました。

すると、人生が驚くほどうまくいきません。
自分の選びたいものを素直に選ぶことができなくなってくるからです。

たとえば進路。
自分の選択したい道があったとしても、それを冷静に(親や先生を含めた)周囲に説明できないのです。説明しても、どうせ反対されるのだろう、という諦めがあったせいもあると思います(サーカスの象、的な)。
「これを選んでおけば誰も文句を言わないだろう」と希望してもいない道を選び続けました。けれど、その道で後悔したり、責任をとるのは自分でした。

人間関係もしかり。
自分を表現しないと、こちらの嗜好が相手に伝わらないからです。

以前の職場に、山登りやらキャンプやらBBQといったアウトドア系のイベントが好きな方がおられました。
私は体力を使うことはあまり得意でないので、誘われると憂鬱になっていました。
断るのが億劫(期待に応えられない=嫌われると思いこんでいた)で「なんで私が嫌いなことにばかり声をかけてくるのだろう」とむしろうらめしくさえ思っていました(反省)。
が、冷静に振り返ると自業自得でした。
私自身が何が好きか嫌いか、表現していなかったのですから。
先方はよかれと思って、あるいは気を遣って、にすぎなかったのです。

ただひとこと「私はアウトドア関係のイベントはあまり得意ではないから、不参加にさせてもらいますね。他に機会があったらお願いしますね」とカラッと最初に伝えればよかっただけなのです。
あるいは、普段の会話で、それとなく話しておけばよかったのです。

しかし、自分のことを語るのはよくないと思っていました、「わがまま」だから。
かといって気持ちよく相手に合わせられるほどの器でもなく。
今思えば、先方も私の言動がチグハグで戸惑ったのではないかと思います。


少し逸れてしまいましたが、私の経験からお伝えしたいことは、自分の本心を知ること、そして、それを表現することもまた大事、ということです。自分のためにも、相手のためにも。

しかし、自分の気持ちを抑圧しすぎていると、何が好きで何が嫌いかすらもよくわからなくなってくるので、どうにもこうにも動けない、というときもありますよね。

どうやってこの「抑圧しすぎて自分の気持ちが迷子」から抜け出したかというと、私の場合は「書くこと」でした。

書かずに頭の中で考え事をすると、「でも」「だって」などの批判的な考えが横行し、考え事が止まってしまいがちでした。
が、実際に紙に書き出すと、少し冷静になるのです。
「でも」「だって」が出てきても、その後さらに「いや、ちょっと待てよ」みたいにさらに考えが進んでいきます。
ある意味、考え事をするときの、時短テクニックともいえるかもしれません。

本書でも、書くことを習慣化することによって、考えがまとまりやすくなるので、相手にも伝わりやすくなる、と解説しています。

本当に、完全同意です。
最近は、何か自分の(とりわけ複雑な)状況などを説明するときには、文章を書くときのモードで話すようになりました。
すると、わりと冷静でいられるからか、明らかに伝わりやすい気がします。


書けばかなう(確率はあがる)

本書のもくじによれば「書くこと」は多方面にいい影響があります。
たとえば。

第2章 書けば、かなう!
第3章 書けば、悩みが消える!
第4章 書けば、仲間が増える!

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』もくじ


詳細は本書をごらんいただくとして、「書けば願いが叶う」とまではいえなくても、まったく嘘かというと、そうでもないと私も思うのです。

そもそも、(頭で認識している)願望って、本心から生じているとは限らないですよね。
かつての私は、親の意向を汲んだものを「願望」だと思いこんでいましたから。自分の一番ほしいものではなくて、「親が認めてくれそうなものごとのなかで、一番マシなもの」を選んでいましたから。
そのせいで「願いが叶ったはずなのに冴えない」とか「どうにも楽しくない」の状態でした。
振り返ってみると、私が認識していた「願望」は本当の「願望」ではなかったのです。

願いを叶えたり、目標を達成したりするには、まずは、本当の、心の底からの「願い」を認識する必要があると思います。
その課程で役立つのが「書くこと」。

とはいえ、一日や二日で劇的に何かが変わるわけではありません。
それこそ一年とか二年、自分の気持ちを書き出したりしているうちに「あれ? これ、本当に私の願いなの?」といった疑問がチラッと出てきて、しばらくは「まぁまぁ」と見て見ぬふりしつつ、「やっぱり、これ、別にやりたくないかも」と気づきがあったりしました。

本心からの「願い」がわかってやっと、スタートラインに立つことになるわけです。

本書によれば、

いったん願望の断片を書き出せば、新しい行動が生まれます。

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』P.61


願望を認識しているかどうかって、とても大事なんですよね。

ちょっと逸れますが、認識が大事だと実感した体験を紹介します。

以前、何かの本に載っていた、認識にまつわるワーク?で「散歩のときに蛍光イエローの車を探してみる」というものがありました。
「さすがに蛍光イエローの車はなかろう。あっても一台くらいだろう」と思いつつ探してみたら、その日の散歩のうちに5台くらい見かけた、という経験をしたことがあります。
その後も遭遇率は変わらなかったので、その日だけたまたまというわけでもなく。
つまり、蛍光イエローの車に興味のなかった私は、それらを完全スルーしていた、ということ。

ということは、願望を認識していなければ、それにまつわる情報もスルーしてしまうということ。

逆に、正確に把握できていれば、それだけ多くのヒントが目に留まるわけですね。

やがて行動をしているうちに、自分のやりたいことをどのような形で社会と融合させることができるかがわかるときがやってきます。

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』P.61


行動しているうちに、社会でどう生かすかがわかってくる、というのは希望があっていいな、と思いました。

以前は、「やりたいことをやると決めたのであればそれを仕事にしなければならない(=誰もが認めてくれるような成果を出さねばならない)」と強固に思いこんでいたのですが、決してそんなことはないのですよね。

もちろん仕事にしてもいいし、副業でもいいし、趣味でやってもいい。人生100年時代ですから定年後に始めてもいいわけです。

とすると、やりたいことはやらないと損だな、という気がしてきます。


悩みも消える

著者によれば、書くことで悩みが消えるといいます。
なぜかというと、

あなたの抱えている大問題やピンチの状況は「小問題」の合計、あるいは結果であることが多いのです。大問題に圧倒されそうになったら、まずは細かく分解して書くこと。

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』P.82


大問題は小問題の合計、あるいは結果。
その通りですよね。

しかし、このあたりの「悩み」のハンドリングは、私はまだ自信がありません。自力で解決するのがどうしても困難に思える問題というのがいまだに多々あるからです(ただぐるぐると悩んでいただけの頃よりはだいぶマシになりましたが)。

「悩み」を分解する、これは今後意識的に練習していこうと思ったのでした。
悩んだら、とりあえず「書いてみる」、これを今以上に実践します。


書けないときの工夫

本書終盤では、ライターなど書くことを仕事にしている人や、ブログなどを運営している人に向けて、「書く」にまつわるコツが書かれています。

なかでも実践したいと思ったのが、書けないときはとにかく環境を変える、ということ。気合いで書こうとすると、息のつまった文章になってしまうからです。

書くことに煮詰まったら、とにかく立ち上がり、今いる景色の外に移動してみてください。

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』P.192 

 

人間の脳は、その瞬間見えているものにコンディションが左右されるものです。

潮凪洋介『人生は「書くだけ」で動きだす』P.195


私は(書くことに限らず)飽きても無駄に粘ってしまい、疲弊する(そして全くやらなくなる)ことがよくあったので、環境を変える作戦は見習いたいなと思いました。

確かに、疲れたり飽きたりしているのに粘っても、良いものはできず、結局後でやり直すことになるんですよね。

まぁ、カフェなどで作業するには、多少お金がかかりますから、抵抗がゼロというわけでもないんですが……良いアウトプットができたら、その分リターンも大きいはずなので、「よいものをつくる、よい仕事をする」を第一優先に考えたら良いのですかね。

 


おわりに

本書の感想というよりも、本書をきっかけとして、自分の「書くこと」や「ノート」に対する想いが出てしまったかも。

「書くこと」の効果は私自身がとても実感しているので、つい熱がこもってしまいました。

ちょっとノートでもつけてみようかな、と思われた方、ぜひ始めてみてください。

本屋さんに行けば「ノート術」に関する書籍もたくさん出版されていますので、ピンをきたものを参考になさると良いと思います。

広告