ししもとの読書ノート

生きづらさの軽減をめざして

不安は願望が形を変えたもの |感想『「いつもの不安」を解消するためのお守りノート』勝久寿

はじめに

不安遍歴

「不安」が少なければ、人生あれこれうまくいっていたのではないか。

物心ついたときすでに、不安と戦っていました。
今日はお腹が痛くならずに過ごせるだろうか、
両親が喧嘩せずに過ごしてくれるだろうか、
私は捨てられずに済むだろうか(大袈裟に聞こえるでしょうが、そういう環境でした)。


幼児の頃、母が素手で触ったものを食べることができませんでした。
皮を剥いたみかんとか、りんごとか、素手で握ったおにぎりとか。

なんとなく汚いような気がして、菌がいるような気がして。
というのも、母は汚部屋の住人、大雑把で、風呂にもほとんど入らず、幼児ながらに「この人は不潔」と無意識のうちに判断していたように思います。

加えて、消費期限が切れていることに気づかず、私(幼児)に食べさせた後(しかも生もの)で「期限切れてた!どうしようどうしよう」と大騒ぎするようなところがありました。

その姿を目にして「自分の身は自分で守らねばならない」と決意したことを思い出します。


そんな大雑把な母ですが、不安の強い人でもありました。

大雑把と不安って、一見矛盾するようにも感じられますよね。しかしそれらは確実に母の中に同居しているのでした。

よく覚えているのが「確認強迫」。

家を出て、駅まで歩いて、電車に乗る頃になって母は言うのです。

「鍵かけてきたかしら」
「コンセント抜いてきたかしら」
「窓しめてきたかしら」
「ガスの元栓閉じたかしら」
「火事になったらどうしよう」
「泥棒に入られたらどうしよう」

それが始まるともうダメ。
軽いパニックに陥っているので、誰が何を言おうとダメ。

せっかく駅まで来たのに、家に戻るはめになります。
で、戻ってみると、何の問題もないことがほとんど。

再度駅に向かう気力もなくなり、外出は中止に。

そんなに戸締りが気になるのだったら、家を出るときにきちんと確認すればいいのに、と思いますよね。

ですが、そこには母の大雑把さが関係しているようで、家を出るときには他のことに気をとられ、確認を忘れたり、上の空だったりするらしいのです。

きちんと確認していてもなお、確認したかどうか自信が持てないらしいのです。
(今思えば、診断は出ていませんが、母にはADHDの傾向があったのかもしれません)

何度も確認したり、わざわざ外出をやめて戻ったり。

こんなムダなことがあるか、と。

こんな大人には絶対ならないぞ、と子供ながらに決心しました。


しかしながら!

仕事がきつかった二十代の頃、私にもいつの間にか、強迫症と思われる症状が出ていました。

母のように戸締りなどを執拗に確認することはないのですが、「不潔恐怖」に類するものです。
(大人になってから発症したと思っていましたが、冒頭に書いたように、幼児の頃すでに傾向があったようです。この記事を書いていて気づきました。)

具体的に言えば、公共のもの、つり革とか手すりとか、できれば触りたくないし、公衆トイレも、できれば使いたくない。

できれば触りたくない程度ならなんとかなりますが、症状が悪化すると

・不特定多数の人が触ったものに触れたらすぐに手を洗わないと気が済まない(一回洗えば一応気が済むので、何時間も洗い続けるようなことはなかったですが)
・体調の悪い人が近くにいたらうがいをせずにはいられない
・トイレに行かなくて済むよう、水分を全くとらない

といった行動に出るようになります。


結果、次のようなことが起こり始めました。
・手を洗いたい願望やうがいをしたい願望が常に頭の中にあり、何事にも集中できない
・手を頻繁に洗いすぎて手湿疹ができ、かゆい。掻いてしまってじくじくする
・水分を控えているので、肌が乾燥で粉をふく(20代だったのに……)
・常に軽い脱水を起こしているので頭が痛い
・水分不足→ドライノーズ→慢性的な鼻づまり→不眠
・トイレ我慢→慢性的な膀胱炎

もっとエスカレートすると「外出を避ける」ようになってきます。

私は「全く外出できない」までは至りませんでしたが、ほぼ限界に近づいていました。

ここで自分を整えないと、取り返しがつかなくなると思い、人生をお休みすることにしました。


長期間休んだおかげで今は落ち着いています。
(本来ならば精神科に行くべきだったのでしょうが、追い込まれているときって、病院に行くこと自体が不安でなかなかできないのです。会社に派遣されてきた産業カウンセラーの言葉に傷ついてしまったことがあり、精神科を信頼していなかった、というのもあります。)

落ち着いているとはいえ、今でもたまに不安が顔をのぞかせることがあります。

おそらく、完全に抜け切ることはなくて、環境やストレスによって良化したり悪化したりするものなのだろうと思っています。


今後も多かれ少なかれ生じるであろう不安。

精神的に落ち着いている今のうちに、不安とうまくつきあっていける方法を模索したい。そんな思いから、手にとった本がこちら。

 勝久寿『「いつもの不安」を解消するお守りノート』(永岡書店・2017)

 

「いつもの不安」を解消するためのお守りノート

「いつもの不安」を解消するためのお守りノート

 

 

 

どんな本?

著者さんは精神科医。

20年以上にわたる治療の中で工夫を重ね、編み出された「不安にとらわれずに行動する方法」について述べられています。


なぜ不安を感じるのか

多かれ少なかれ、不安は誰にでもあります。

あなたが不安を感じるのは、あなたの心が安全や安心を保証されていないと感じとっているからです。いわば、身の危険を感じているわけですから、不安という感情はむしろ、あなたを守る機能として必要なものといえます。

引用元: 勝久寿『「いつもの不安」を解消するお守りノート』(永岡書店・2017)p.26


前述したとおり、過去の自分を振り返ってみると、まさに安全や安心を保証されていないと感じとっています。

私の場合、なぜ不潔を恐れるかというと「菌やウイルスが体内に入り込んで、病気になるのではないか」という不安があるからです。

健全な方なら「病気になっても、何日か寝ていれば大丈夫、病院に行けば大丈夫」と考えられるのですが、私は「病気になったら周囲の人々に見捨てられてしまう」という思い込みも持っており、見捨てられるのを回避するため「病気になってはいけない」と思い込んでいると最近気づきました。

ちなみに、この思い込みは、私が体調を崩すと母が嫌そうにしたり、明らかに面倒がったり、ひどく動揺したり、不安を増長するような状況があったことが関係していると思っています。

病院には連れて行ってもらっているので、助けてもらったことは間違いないのですが、子供心としては腹痛で不安でしかたがなくて泣いているときに「うるさい! 近所迷惑でしょう!」と怒られるのはかなり追い詰められました。
母は母で余裕がなかったから仕方ないのでしょうが。


私のケースをまとめると

体調を崩すと見捨てられてしまうに違いない(思い込み)
 ↓

体調を崩さないようにせねば!
 ↓
ウイルス、菌、汚そうなものを遠ざける
 ↓
強迫症状


周囲の人(特に親)から見捨てられないよう、対策をとっていたわけです、無意識のうちに。

つまり、不安とは1つの防衛機能でもあるのですよね。

しかし、防衛しすぎた結果、日常が苦しくなるのでは意味がありません。
不安をうまく使うにはどうしたいいのでしょうか。

不安は、“本来の願望”をあなたに気づかせるためのサインともいえます。

引用元: 勝久寿『「いつもの不安」を解消するお守りノート』(永岡書店・2017)p.27

 

願望があるからこそ、不安が生まれる。

不安から願望を探っていくことが大事なのです。

気分本位→目的本位

願望は誰にでもあるので、不安もまた、誰もが持つもの。

しかし、不安に振り回されて動けなくなってしまう人と、不安はあるけれども行動できる人、がいます。

両者を分けるのは「気分本位」で行動しているか「目的本位」で行動しているか。

 気分本位では、「何をするか」「何が大事か」よりも、自分の「気分がよいか、わるいか」ということに左右されます。

引用元: 勝久寿『「いつもの不安」を解消するお守りノート』(永岡書店・2017)p.37

 

 目的本位では、不安を感じていてもそれは願望の裏返しと受け入れ、今の気分を理由に行動を変えることはありません。

引用元: 勝久寿『「いつもの不安」を解消するお守りノート』(永岡書店・2017)p.37


 私は「周囲の人に見捨てられたくない」という願望があるからこそ、「病気にならないよう」対策をしていたのに、その対策がエスカレートして自分の首をしめ、結果的に自ら周囲の人から離れることになってしまいました。

まさに、気分本位で行動し、願望を達成できなかった例です。


では、目的本位になるにはどうしたよいのでしょうか。


目的本位になるための4ステップ

ステップ1 自分が抱えている不安(今の自分)に気づく
ステップ2 「不安の理由」から「本来の願望」を知る
ステップ3 「2つの現実」に目を向ける
       →(自身の現実・周囲の現実)
ステップ4 「具体的な行動」を考える

引用元: 勝久寿『「いつもの不安」を解消するお守りノート』(永岡書店・2017)p.87


本書ではステップ1~4まで、ワーク方式になっており、ワークシートに沿って書き込んでいくと、自然と答えが導けるようになっています。

私はある程度自分で分析できているつもりだったので、「このワークやっても新しい知見は得られないかなー」とタカをくくっていました。

ですが、ブログに書く以上、きちんと取り組もうと思ってやってみました。


すると私の場合、「健康に、楽しく過ごしたい」という本来の願望がわかりました(ステップ2)。

具体的な行動としては「必要最低限の対策(帰宅時のうがい手洗い、バランスのよい食事、運動など)はやって、それ以上は考えないようにする」になりました(ステップ4)。

具体的な行動だけ見ると「当たり前のことじゃん」と思われるかもしれませんが、いきなりその「当たり前」をつきつけられるより、自分で導くほうがよほど納得感があります。

むしろ「やっぱりこうなっちゃうか(笑)」という感じ。

頭では自分の強迫症状がおかしいとはわかっているし、理屈として何が正しいのかもわかっているのです。


「本来の願望」をしっかりと意識できたので、不安に襲われたときは「健康に楽しく生きるのが目的!」と唱えようと思います。

それですぐに解決するわけではないかもしれませんが、少しずつ修正していけたらいいなと思っています。


おわりに

不安が強かった頃は本当につらかったです。
ですが、学んだこともありました。

私の場合、自分に合わない環境に身を置き続けると、うつや強迫症の症状が出やすい。
だから「むやみやたらな我慢」をするのはやめました。

日本では「我慢」は美徳みたいな雰囲気があったり、「それは逃げでしょ」「易きに流されてる」とか言われたりしがちで、つい合わない環境でも我慢してしまいがちです。
でも、そのような指摘をしてくる人たちって、ただ言うだけで責任はとってくれません。

自分を守れるのは自分だけです。


私の願望は「健康で楽しく生きる」なので、それに沿った選択をしていきたいと思います。

※注意
私はたまたま長期休養や専門書を読んだりして症状が落ち着きましたが、強迫症などは基本的には精神科での治療が必要と思われます。

医師やカウンセラーが合わない場合は、何軒回ってもいいので、合うところを見つけるのが大事だと思います。



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