ししもとの読書ノート

自分らしく生きるために知識をつける

友達付き合いがつらい ➤「ご機嫌とり」してない?|『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』

子供の頃は、自然と友達ができていましたし、わりと誰とでも楽しく遊んでいたような気がします。

しかし、いつのころからか、友達というか、人付き合い全般が「辛いもの」になっていってしまいました。

 

 

私が友達づきあいに苦手意識をもつようになったキッカケ

「〇〇ちゃんと遊んじゃダメ」

過干渉な母の常套句でした。

じゃあ、だれと遊べばいいのか、というと、母が気に入る子(大人しくて、操作しやすそうな子)のみ。
母が気に入っているだけで、私と気が合うかは別の問題なのに。


中学に入ると「朝は△△ちゃん、帰りは□□ちゃんと一緒に帰りなさい」と強制。
(母が勝手に約束をとりつけてきたりする)

まあ、中学生ということで「なるべく誰かと一緒に登下校するように」的風潮もあり、私も(そしておそらく先方も)「まあいいか」と思ってしまったのですが。

でも、気が合わないのに無理に一緒に過ごしている子もいたので、のちに盛大にこじれました。

先方もストレスを溜めていたのでしょう、周囲のクラスメイトを巻き込み、私を無視するようになりました。

いま思えば、もちろん私にも配慮が足らないところがあったのですが、当時はわからず、ものすごくショックを受けてしまいました。

先方も辛かったろうし、いい迷惑だったでしょうけど、私もまあまあのトラウマになってしまいました。

それ以来、友達というか、人付き合い全般に対し、ぬるっとした不安を覚えるようになってしまいました。
いつ足元を救われるかわからないぞ、的な。


私自身が「友達になりたい」と思う子には「嫌われたらどうしよう」と怖くて近づけないんです。

仕方なしに(←※)母がすすめてきたようなタイプの子に近寄ったりするんですが、それはそれでかつてのトラウマが疼いてこわい。
(※仕方なしに、と思っているところがすでに、相手に対して超失礼ですよね。相手を下に見ていますよね。今更ながら超反省です)。


表面上は明るい人を装っていましたが、なかなか心を開くことができず、実はいつもビクビクしていました。

相手が人格者で、幸運にも仲良くなれた、ということもありましたが、「いつか嫌われるのではないか」という恐怖感のほうが強くて、自分から距離を置いたこともあります。


そうして、「本当の友達」と呼べる人がほとんどいないまま、ここまで来てしまいました。


大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版 

「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったとき読む本
 

 

 

どんな本?

・なぜ友達ができにくいのか
・実は友達関係ではなくて、上下関係になってしまっていないか
・本当はどういう友達を求めているのか
・そもそも友達は必要なのか
・自分が求める友達を得るにはどうしたらよいのか
といったことが書かれています。


読んでみて「なるほど!」とかなり納得しました。

友達に限らず、人間関係全般でもあてはまるところがあり、参考になると思います。

私はこれまで親や親戚に感じていたモヤモヤも「そういうことだったのか!」とやけに腑に落ちたりしました。


読んで考えたことを記していきます。

考えたこと

なぜ友達ができにくいか ― その原因は赤ちゃんの頃にまでさかのぼる

他人との距離を縮めるのに必要なのは「相手への信頼感」。
信頼感を持つには、「オキシトシン」というホルモンが重要になってくるのだそうです。

しかしながら、赤ちゃんの頃、抱きしめられた経験が不足していると、大人になってもオキシトシンが少ないままなのだそうで。

すると、人を信頼できないがために、相手の気持ちを気にしすぎてしまうわけです。
つまり、いつも緊張しているような状態なんですね。

緊張している、ということは、ビクビクオドオドしているわけなので、仲間と認められにくいのだそうです。

たしかに、自分がビクビクされている側に立ってみると、「私、そんなに怖いのかな? あれ、なんか悪いこと言ってしまったのかな?」とこちらも不安になってきますし「そ、そんなにビクビクするなら無理に話してくれなくていいのに」と思ったりしそうです。

ずるい人なら「こいつビクビクしているから言うことききそう。利用してやろう」と思うかもしれません。

少なくとも、「仲間」という感じにはなりませんよね。



かくいう私も、相手の表情やしぐさ、言葉をすごく気にしてしまうタイプなのですけど……。
挨拶して返ってこないと、「嫌われてるのかも」とすぐ思ってしまうし。
相手がつまらなそうにしていると、「何がいけなかったんだろう……」と一日中反省したりします。

見知らぬ店員さんが不愛想だっただけで「私がお店に行ったのは迷惑だったのかな」などと思ってしまうことさえあります。

「嫌われているかも」「何かミスったかも」と思えば思うほど、焦ってビクビクしてしまうんですよね。
そしてますます「顔色うかがい」をしてしまう。

でも、これが間違いの始まりです。


「ご機嫌とり」は、人間関係をこわすものでしかありません。どちらかがサービスをした瞬間、ふたりの間のつながりは友情ではなく、上下関係にかわってしまうからです。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.233


そう、上下関係!
ご機嫌とりって、上下関係なんですよね。

私はつい、下のポジションに降りて、ゴマすりをすることで、その場を平穏に過ごそうとするクセがありまして。

でも、これが逆効果。
ビクビクしながらサービスされると、されたほうはバカにされているように感じるそうです。
「あんたなんか、ちょっとゴマすっとけば、簡単でしょ」みたいに感じるんですかね。

せっかくサービスしても裏目に出るという悲劇!

他人の感情について、「~だから、~だろう」のように意識的な判断をしようとするほど、事実とはずれていくことが多いもの。そして、小さなズレを修復しようとすることが、さらにズレを大きくしてしまいます。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.243


そうなんですよね。
「嫌われているのかも」「イラっとしたかも」なんて思ったところで、本当のところはわからないんですよね。

事実のみに目を向けることが大事なのですが、意外と難しいものです。


グループ内での上下関係は嫉妬が原因

こういった上下関係、グループ内でも生じます。

つい、面倒なことを引き受けてしまう、あるいは押し付けられてしまう、ってことありますよね。

たとえば私の場合。
大学生の頃、入学直後になんとなく所属していたグループにおいて、いつも「次の講義の席とっといて」とか「講義のノート貸して」「レポート見せて」などと言われていました。

ちょっとしたことかもしれないですけど、いつもいつもとなると、私にとってはすごく負担だったんです。
だって、席を取るためには、自分だけ早く行かないといけないわけですしね。
まる三日かけたレポートをほんの数時間で写されたら気分悪いですし。

でも、関係性を悪くしたくないから、と引き受けてしまっていたんですよね。
(最終的には「大学には勉強しに来てるんだから別に孤独でいいや、一人で行動すればいいや」とそのグループからは少し距離をとったのですが)

誰かがあなたに対して不快な言動をしたり、理不尽ないやがらせをしたり……。そういったことはほぼすべて、嫉妬が原因。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.243

 

え? 嫉妬されてた? 私が? まさかまさか。

と思いましたが、「自分よりも下に見ている相手」が「実は優れていた」とか「いい思いをしている」となったとき、「本来なら私より下のくせに生意気な」と嫉妬が起こるのだそうです。

ちなみに、本書でいう「嫉妬」は、「憧れ」とは異なり、相手を壊したいという気持ちが入っているもの。
動物の本能的なもので、止めたくても止められないものだそうです。


振り返ってみると、当時の私、勉強はできた(していた)んですよね。
単に努力していただけなのですが、相手からしたらその努力の部分が見えず「軽々とこなしてずるい」みたいな感覚だったのかもしれませんね。

あるいは、私が無意識のうちに「下ポジション」をとっており、「ああ、この人利用していいんだ」と思われただけかもしれませんが。


いずれにせよ、面倒なことを引き受けてしまうのは逆効果!

そもそも優れたものをもっている以上、「弱いふり」「できないふり」をするのは逆効果。かえって相手の嫉妬心を燃え上がらせてしまうのです。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.504


じゃあどうしたらいいのかというと。
・嫌なことはしない!
・思ったことは言う!

他人からの嫉妬を防ぐためには、「弱者」でいることをやめるのが一番の近道。弱者でなくなれば、優れたものをもっていても「生意気な!」とは思われません。むしろ、「当然」とみなされるようになるのです。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.509



確かに、嫉妬から嫌がらせを仕掛けた場合、それに動揺すれば相手の思うつぼで、「なんだ、私の言葉で左右されるなんて、やっぱり大したことないじゃん」と思われそう。

「なんか、モヤっとすること言ってくるな、あの人」という場合、嫉妬から足を引っ張ろうとしているのかもしれません(本人もほぼ無意識でしょうが)。

となると、それに動揺したり、なされるがまま、というのはよくない、ということがわかります。


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母は私に嫉妬していたのではないか

これを読んでいて、ふと思ったのですけど。
(いったん本筋から離れますので、お急ぎの方は読み飛ばしてください)

私、母に嫉妬されていた!?かも。
よく、親子でも同性同士は張り合うので……なんてことを言ったりしますが。

母は劣等感の強い人だったので、私を利用することで自分(母)の地位を上げようと必死でした。
「いい子を育てた私(母)すごいでしょ」的な。

人様から娘が褒められるということは、母にとっては「自分の作品」が褒められているのとほぼ同義なので、それは激しく喜ぶんですね。

しかし、私自身が何かを楽しんでいたりすると、それは気に入らなかったみたいです。
まあ、「作品」とみなしているわけなので、モノが意志を持つこと自体が「モノのくせに!」と気に入らなかったのですかね。
「作品」とまでいかずとも、「下」に見ていたのは確かです。

私がうまくいっているときや、楽しんでいるときに限って、頭から冷水を浴びせるような言葉をかけてきたりするんです。
「そうやって調子に乗っていたら、いつかバチが当たるんだからね」
みたいな。


あれは「アンタは(自分より下のくせに)人生楽しんでてずるい!」みたいな嫉妬だったのではないか、と改めて思いました。


あとは、容姿にまつわることも。
母は太っていることをコンプレックスに思っていたので、やせ型の私に対し「こんなにスタイルよく生んでやったんだから感謝しろ」というのが口癖でして。

(蛇足ですが、母の言う「スタイルが良い」は「痩せていること」で、一般的に男性などが思う「スタイルが良い(グラマラス)」とは概念が異なるらしい、ということを後で知りました。
どうりで「スタイルよく生んでやったと言われてきて……」みたいなことを話すと(えっ!? 鏡見たことある?)みたいな顔をされるわけですね……)


「スタイルよく生んでやった」と言うわりには、娘がおしゃれしたりすると「色気づいて気持ち悪い」なんて言ったりするんですよ。
あれも「自分はできなかったのに、ずるい」的な嫉妬だったのかな、と思います。

当時は、私はおしゃれしたらいけないのか、と女性であることを否定されたようでショックでしたね。
つい母の言葉に引っ張られて、短髪・Tシャツ・ジーパン、態度もなるべく女性らしさは出さないように(実際、後姿を男子と間違えられたこともある)、と青春時代を過ごしてしまいましたが、今になってとても後悔しています。
若い頃にしか似合わない服や髪型もありますからね。


母方の親戚も、私に対してことあるごとに「なんだ、言うほど大したことないじゃない」みたいな、どうにもモヤっとする態度をとることがあったのですが、あれも嫉妬の一種だったのかもなあ、と今となっては思います。
母が私の成績などを振りかざすことで、母の姉妹にマウントをとったりしていたので、その反撃を私が受けていたのかな、と思います。


ともあれ、いちいち他者の言動に動揺せず、自分の好きなようにしたらよかったのだなあ、と。


当時はわけのわからぬ恐怖心があってできませんでしたが。

「私はこうしたいのにできない」と悩む私に、健全な人は「そんなの自分の好きにしたらいいのに。なんで?」と不思議そうによく言いましたが、足がすくむほどの恐怖感があったのですよ。
「お母さんの言う通りにしないとそのうちバチが当たるんだからね」という言葉、あれは想像以上の魔力を持っていました。


母はもちろん、母方の親戚と距離を置きたくて、そして実際置いているのは、この「大事な場面で足を引っ張られる」感覚をずっと抱いてきたことも一因だ、と改めて気づきました。

うまく言語化できなくても、心のどこかでわかっているものなんですね。
だからこそ「なんか嫌」という感覚を大事にしようと思いました。

とにかく今後は、人から何と言われようと、(法に触れたり、誰かを傷つけるようなことでなければ)自分の意志を大事にしたい、と思います。

いったんできあがってしまった上下関係は、「支配される側」がどんなにサービスしても解消されることはありません。むしろサービスすればするほど、上下関係が強化されていくだけです。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.1475


母の要求が果てしなかったのは、こういうことだったのか……。




上下関係ではない、対等な関係を

自分語りが長くなってしまいましたが、本題に戻りまして。

私が主に築いてきたのは、友達関係ではなくて、上下関係だった、ということに気づかされました。
そりゃ、友達づきあいが億劫になるもの当然ですよね。


では、どういう友達が欲しいか、というと「共感」を求める方が多いのではないかなと思います。
これも動物的な本能らしいです。
わかってもらった、と思うだけでストレスは減りますからね。

とすると、友達になりやすい人というのは、「ものごとの捉え方や感じ方が近い人」ということになります。

本書では「ものごとの捉え方、感じ方」などを数値化して、自分と相手を比べてみる、という手法をおすすめされていました。
近いほうが共感はしやすい、ひいては、友達になりやすい、ということですね。


逆に、捉え方の数値が違うということは、異文化を持っている、ということ。
どちらが良い悪いではなくて、住んでいる場所の違いと捉えるとわかりやすい。
高い山に住んでいる人と、海辺に住んでいる人では、確かに文化が違いますので、何が良くて何が悪いかも違ってくるでしょう。

この文化の違いを「違っているからこそおもしろい!」と興味を持って楽しめるのであれば、異文化の人とももちろん友達になれるでしょう。

ですが、「とにかく共感できる友達が欲しい!」のであれば、もともとの文化が近い人のほうが可能性がある、というわけですね。


私自身、振り返ってみると、「異文化の人(価値観の異なる人)に気に入られよう」と必死だったことがありました。
しかし、私が心の底で求めているのは「共感」なので、まったくかみ合いませんでしたね。
むしろ、全然通じ合えなくて絶望、みたいな。

今思うと、「異文化の人と友達になりたかった」のではなくて、「異文化の人に自分を認めさせることによって、自分には価値があると思いたかった」ような気がします。
母に認めてもらえない悲しみを、代わりに他人を使って解消しようとしていたのかもしれません。

ああ、また、「他人に認めてもらわないと、自分の価値を認められない」という、自己肯定感の低さに行き当たってしまいました。

一方的に「認めてくれ」と思っているので、こちらが先に相手を理解しようという気持ちは不足していたと思います。
そりゃ、相手もこちらを理解しようという気にはならないですよね。

他人の価値観を受け入れられないのは、実は自己否定の反動であることが多いのです。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.775

 

他人の意見や価値観を受け入れないのも、「すごい私」のイメージづくりの一環。ちょっとしたことで自分と他人をくらべ、「私のほうが正しい」「私のほうがよく知っている」などとアピールするために、他人を否定してしまうのです。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.786


うーむ、グサッときますね。。。

親もこのタイプで「自分のほうが正しい祭り」が日夜開催されていましたからね、、、
それを「嫌だな」と思いつつ、他人にやってしまったり。
ああ、反省。

ということはつまり。

「そうだよね」「わかるわかる!」と思い合える友達がほしいなら、自己肯定感を上げることが大切です。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.792


結局、人間関係には自己肯定感の低さが関わっているんですよね。

 (過去記事)

www.shishimoto-yuima.work

 

おわりに

いろいろ考えているうちに長くなってしまい、結局何が言いたいのか伝わりにくくなってしまったかも(汗)。

一応、私なりに学んだことをまとめてみます。
(私なりの解釈が含まれていますし、全く触れられなかった部分もあるので、詳しくは本書でご確認ください)

・友達なのに、上下関係になってしまっていないかをチェック
→顔色をうかがいすぎたり、ご機嫌とりをしているのであれば、それはやめる。
→ご機嫌取りをやめて壊れるような関係は友達といえるのか?
→上とか下とか言っている時点で、双方の考え方に開きがある

・どんな友達がほしいのか考えてみる
→共感を求めているなら、自分と文化の近い人が友達になりやすい(ファーストコンタクトでだいたいわかるもの)
→友達関係のベースは尊敬。尊敬している人に目を向けるのもいい。

・そもそも、友達が少ない状態が好きな人もいる

・会わなくても、「心の支え」としての友達、という存在もある

・気をつけること
→無理に関係構築しなくていい。無理すると上下関係になってしまう。
→結局、自分が相手を信頼できるかどうか。相手を喜ばせようとしなくていい。
→人の気持ちを考えすぎる習慣をやめる。考えまくっても、本当の気持ちはわからない。そうこうしているうちに顔色伺いしてしまう危険をはらんでいる。

相手のことをきちんと知りさえすれば、あとは「ああしよう、こうしよう」などと考えなくて大丈夫。無意識に任せていれば、自然に相手に合った関わり方ができるようになるものだからです。

大嶋信頼『「本当の友達がいなくてさびしい」と思ったときに読む本』KADOKAWA(2019)Kindle版  位置No.1580




本書を読めばすぐに友達ができる!というものでもないですが、陥りがちな罠をしっかり認識できたのは大きかったなと思います。

とりあえず、変にへりくだるクセや、相手の気持ちを推測しすぎるクセをやめる、私はそこから始めようと思います。
当面は惰性でやってしまうかもしれませんが、意識することで、少しずつマシになる気がします。

長期的には、相手の価値観も、自分の価値観も、ゆるく認められるようになると、自分自身がラクそうなので、できるようになりたいですね。


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