足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【母への不信感②】明らかに嘘とわかる場当たり的な嘘をつく【母と絶縁するまでのこと】

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

本記事では、「場当たり的なウソをついてしまう」という母の行動について書いてみます。

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明らかにウソとわかるウソをついてしまう母

 

指ポリグラフ、ポリグラフ、ポリグラフテストおもちゃ、パーティーホームの専門家

 

私の母は、劣等感が強すぎるために見栄を張らずには生きていけない人でした。

見栄を張るための嘘はやや計画的で長期に渡るものですが、「怒られたくがないゆえの場当たり的な嘘」も凄まじかったです。

たとえば。
母はゴミを捨てるという概念が欠落しているので、(おそらく無意識のうちに?)ゴミをそこらへんに放置してしまうのですが、そのことを指摘されると必ず「私じゃありませんっ!!」と反論します。

まあ、ゴミに限らず、何か指摘されると全部「私じゃありません!」です。

「いやいや、そうは言ってもこれ使うの、あなただけでしょう」と反論されると、「私のじゃないって言ってるでしょうっ! 人のことをバカにしてからに!」と瞬間湯沸かし器のようにカッカカッカと怒りだすのです。

こうなるともう、手がつけられません。

母が場当たり的についた嘘が発端となっているのですが、母にとっては「馬鹿にされた」「いわれのないことで責められた」という絶対的被害者モードが発動しており、何年経っても「ひどい目に遭わされた」という記憶として定着してしまいます。

もしかすると、嘘をついた自覚がないくらい、直前のことを覚えていないのかもしれません。あるいはどうしても「謝る」ということをしたくなかったのか。

こういった性質は、もしかすると何らかの障害(ADHDなど)かもしれないと感じるのですが、ひと昔前にそのような概念はありませんでした。

なので、父や私をはじめ、周囲の人々も戸惑うばかりでした。
特に父は「理屈としての正しさ」にこだわる人なので、母と全く話が成立しませんでした。

私としても、「どうしてこんなにすぐにバレるウソをつき続けるのだろう?」と不思議で不思議でたまらなかったです。

自分の母親を疑うことは、子どもながらにとても辛いことでした。

仮に、「あなたのお母さんには生まれつきこういう困りごとがあってね……云々」などという説明があれば、少しは楽だったかもしれない、割り切れたのかもしれない、と思います。

そういう意味では、発達障害や精神疾患などの概念が確立されたことにより、救われる人もいるのだろうと思います。
時代は少しずつ進んでいるな、と思います。 

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【親を反面教師に】

長期的にものごとを見るように努力する

私は「バレるとわかっているような場当たり的なウソ」をつくことはありませんが、「その場をやり過ごすために自分に嘘をつく」ことは多々ありました。

たとえば、気の進まない頼まれごとについ「イエス」と言ってしまうとか……。

嫌々引き受けたほうがその後ずっと悩むとわかっているのに、その場で「相手にイヤな顔をされる」とか「嫌われる」のが怖すぎて、不安に負けてしまうんですよね。

「あー、しまった、つい場当たり的に受けてしまった」というようなときに、後悔するだけでなくて、「次はあえて悩むそぶりを出して、うーん、と言ってみよう」とか、対策を考えておくのも大事だなと思います(その場ではなかなか思いつかなかったりするので)。

答えがでないときは、正直に「答えが出ない」「わからない」でもいいのです、ほんとうは。

嫌われたくないから、と自分に嘘をついてやりたくないことをやっていると、そのうち自分に(ますます)嫌われてしまうのです。

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