足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【毒母体験記】 「あれもダメこれもダメ」で生きる力を奪ってくる

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

本記事は、幼少期における、「選択権のなさ」について書きます。

 

問題の根源をたどると、幼少期にたどり着く

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ある程度成長しても、成人しても、私は母の支配下にありました。
具体的にいえば、何かを選択するとき、自分の本心よりも、「母が気に入りそうなほう」を選んでしまうのです。

「母が気に入りそうなほう」を選んだのは紛れもなく私なのですが、そのことに納得できない自分も同時に存在するのです。

健全な思考の人からすれば「自分の好きなほう選んだらいいじゃん」となるでしょう。

実際、ものすごく不思議そうな顔で「なんでそうしないの??」と聞かれたことが幾度もあります。 

「だって、親が気に入らないと面倒なんだもの……(あなたはいいよね、親がうるさくないから)」という反論だけ浮かんできて、そこで思考停止してしまっていました。

今考えれば、未成年ならまだしも、成人してからも親の顔色をうかがわねばならないっておかしいのですけれど。
当時は「人生はそういうもの」「うちは厳しいから仕方ない」と思い込んでいました。

それでも、「どうして自分の好きなものを選べないのだろう」という問いに何度も何度も直面していると、うすうす「幼少期に勝手にインストールされたシステムがいまだに稼働しているのではないか」と気づくようになりました。

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「願望」は「なきもの」とみなされてきた

子どもにだって、「意志」はありますよね。
「意志」というと大それたもののように聞こえるかもしれませんが、「〇〇が食べたい」とか「□□をして遊びたい」とか、少なくとも直近の「願望」はありますよね。

この「願望」のなかの、危険を伴うもの(突然道路に飛び出してしまうとか)に関しては、確かに親は注意せねばなりません。

けれど、危険を伴わないような願望(好きな服を着るとか、好きな遊びをするとか。)であれば、ある程度満たす権利が、子どもにもあると思うのです。

上品に見える服以外はNG

母は、私が「お嬢様」に見えるかどうかにこだわりました(※決して裕福ではありませんでしたので、あくまでも母の見栄のためです)。

幼児にして、グレー、紺、茶などの地味服ばかり。
派手な赤やピンクは「下品だから」とNG。

服にこだわりのない方からすれば大したことではないでしょうが、私にしてみれば「嫌いなものを身に着けている状態」がとてもストレスだったのです。

私とて、トライしたことはあります。
一度、近所の子が履いていた、アニメキャラクターのついたピンクの靴を「あれを履いてみたい」とねだったことがあるんです。

(イメージ画像。こんなに良質のものではなくて、当時は数百円程度だったかと。ネットでは「昭和のビニール靴」と呼ばれているようです)



すると母は「なんだ、あんなの誰でも履いているじゃない。あんなのでいいの? 別に安いんだから履こうと思えは履けるのよ。まあでも安っぽいからダメね」とのことでした。

安いんだったらいいじゃないか、と思いましたが、母からすれば「安っぽく見られる」のがダメなんですね。「お嬢さん風(=母自身もいいところの奥さん)」に見えないとダメなわけです。

お嬢さん風に見せたがるわりには、私の足が大きくなって靴に穴が開いていることなどには気づかないんです(まずそっちを見るでしょ、と思うんですが……)。

近所の子と遊ぶ権利もなし

近所の同年代の子どもたちは、家の前の広い空き地などでよく遊んでいました(まだ首都圏にも土地があった時代のことですが)。

私も混ざりたかったのですが、母はことごとく「危ないからダメ」と禁じました。
まあたぶん、「危ないから(自分(母)がそばで見ておかねばならないけれど、それがが面倒だから)ダメ」ということだったのでしょう。

あるいは、近所のお母さん方とうまくいっていなかったのかもしれません(小学生になってからですが「うちのおかあさん、〇〇君や△△ちゃんのお母さんから微妙に距離置かれているっぽいな」と気づきましたので)。

「同年代の子と遊ぶ」と言う経験が圧倒的に不足しているせいか、私はいまだに「友達と遊びたい」という願望が抜けません。
(大人になると、「友達と遊ぶ」というと、食事やお茶をすることが多いですが、そうではなくて、「子どものように身体を動かして遊びたい(アスレチックとか)」のです……でももう中年でアスレチックをするほどの体力はないし……困ったものだ……)

家遊びはドリル・パズル・お絵描き

外で遊ばせてもらえないので、ほぼほぼ家遊びになるわけですが。
ここでも私がやりたいことではなく、「母がやらせたいこと=遊び」でした。

いわゆる「知育玩具」などですね。
時間がくると爆発するやつ。

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あとは、ドリル、迷路パズル、お絵描きなど。

「家で遊びなさい、ほら、あんたお絵描き好きでしょ」とよく言われたのですが、私としては、他に遊ぶものがないので、仕方なくやっていただけです。

そうやって、母はドリルや迷路パズルなどもすすめてくるくせに、私がハマりそうになるとなぜか「今日は1ページにしておきなさい」と邪魔をしてくるという不思議。

(後にわかったのですが、伯母に「あんまりやらせると嫌いになるかもよ」と言われたからのようです……振り回される身にもなってくれ……)

学習性無気力に

母としては「娘のため」だったのでしょう。
けれど、「あれもダメこれもダメ」が続くと、私にとっては、手も足も口も、何もかも塞がれたような気分でした。

「わたしが何をたのんでも、何をやりたいと言っても、おかあさんはダメって言うんだな」
「おかあさんがすすめてきたもの以外はどうせダメって言われるんだな」
「反抗しても力でねじ伏せられるのだから、言うだけムダだな」


ということだけはきっちりと学習していきました。

これは私が私の人生を送るための力を奪われたようなものでした。

いつしか「私が(勉強以外のことで)意志や願望を持ってもムダ」と思い込むようになり、自ら人生の幅を狭めてしまったように思います。

「もっと強く反抗すればよかったんじゃない?」
と思われる方もいらっしゃるでしょう。

それができなかったのも、もちろん理由があります。
次の記事に続きます。
>>>母の機嫌を損ねると「あんたを置いて出ていくんだからね」

 

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