AC回復のきろく

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

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〈AC回顧録・中学時代〉母が父に嫌がらせをしているのを見るのがつらい - 郵便物を捨て無言電話をかけまくる


過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。


本記事は両親の不仲がつらい - 母が描いた藁人形的な落書きにゾッとしたの続きで、母が執拗に父に嫌がらせをしているのが辛かった話。
そんなに嫌がらせをせずにはおれないくらいなら離婚すればよいのに、離婚はプライドが許さない母なのでした。

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母から父への嫌がらせを見るのがつらい

父が浮気をしていると騒ぎ出した母(>>>両親の不仲がつらい - 母が描いた藁人形的な落書きにゾッとした)。

一旦「こうに違いない」と思い込んだら、その考え方に固執してしまうというか、自らその思いを強化して自らアリ地獄にはまっていくようなところがありました。

その結果母は、父(および関係者)に嫌がらせをし始めたのでした。

基本的に郵便物は捨てる

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さすがに公的な書類などは捨てなかったと思うのですが、父当ての郵便物は勝手に開封、中身をチェックしたのち、ビリビリに破いて捨てるようになりました。

さすがにちょっとやりすぎでしょ、と引いている私をよそに、母は一切の躊躇もなく、むしろ「正しいことをしている」然の態度なのです。

そんな母を見て、「この人の良心、ぶっ壊れている……」と恐ろしくなったのをよく覚えています。

同時に、私も母の機嫌を損ねたら、郵便物全捨てされるんだろうな……と軽く絶望しました。

無言電話をかけまくる

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母は父の携帯電話も盗み見るようになりました。

番号ロックはかけてあったようですが、母の執念で突破したようです(普段すべてが面倒くさい人なのに、こういうどうしようもないところで執念を発揮するのはなぜなんだろう……)。

母は、携帯電話の電話帳から、女性と思われる人の電話番号をピックアップし、手あたり次第に無言電話をかけまくるようになりました。

完全無言のときもあれば、軽く舌打ちしたり、わざと「〇〇さんですか?」と間違えてみたりすることもありました。

何か所かにランダムにかけていたので、全く身に覚えのない人もたくさんいたはずで、恐怖しかなかっただろうと思います。

私は日中は学校に行っていたので、正確な回数は把握していませんが、あの様子だと、1日30回くらいはかけていたのではないかと。

「やめなよ」とでも言おうものなら、今度は私にキレまくって「あんたはお母さんの気持ちがわからない冷たい女! ここまで育ててやったのに! この親不孝者め!」のモードに入るので、ただただ、「自分の親ながら、ほんとにイヤだ……」と思うことしかできませんでした。

しかも、無言電話をかけたからといって、母の怒りがおさまるわけがありません。
むしろますます怒りは燃え上がります。

前にも書きましたが、自分で自分の怒りに燃料を投下しているように見えるのです。
わざわざ自ら身を焼きに行って「あついあつい死ぬ」と言っているように見えるのです。

その姿を見て、「この人、ほんとに何やってんだろう……」と思いました。

でも、離婚はしたくないらしい

こんなにも父方面に嫌がらせをするのだったら、離婚も視野に入れたらいいのに、と何度思ったかわかりません。

実際に、この件で父からも離婚を何度か切り出されていました(まあ、中学生の娘の目の前でする話かよ、とは思いますが……。私が入らないとますます会話が成立しないので)。

しかし母にとって、「離婚は恥・負け」らしく、「絶っっっっ対に! 離婚はしないっ!!!」と言い張るのでした。
要するに、劣等感の塊だったのですよね。

優先順位の超絶第一位が「(外からみたときの)自分の価値をよく見せる」ということだったんです。

そのためなら、家族を傷つけてもまったくかまわなかったんですよね。

かなしい。

【親を反面教師に】

「世間体」に固執せず、自分が幸せになる道を選ぶ

母は、離婚に限らず、とにかく「世間体」を異常に気にしました(例えば私の成績もたとえ92点でも「なんであんな大したことない子に負けるのよ」と夜中まで責められる)。

世間体にこだわって、周囲からよさげに見られたとしても(いや、近所の同級生のお母さんから避けられていたしたぶんバレてたと思うけど)、その実体はただの「苦しみ」でした。

母の立場に立って考えてみれば、父と性格が合わないと判明した時点で離婚して実家に帰るか、気の合う人と再婚でもしていれば、よほど幸せだっただろうに、と思います。

でも、なかなか結婚できなかった母にしてみれば、劣等感が強すぎて、とてもそんなふうには考えられなかったのでしょう。
また、母のことですから、結婚するときに友達に何かしら(優秀な男性をつかまえた、的に)マウンティングしたはずなので、プライドもあって後戻りできなかったのでしょう。

嫌がらせも、反抗期の不良少年と同じというか……。
問題を起こすことで構ってもらいたい、みたいなことだったんでしょうね。

でもまあ、そういった本質に気づくのは母には無理でした。
自分の頭でものを考えるということが極端に苦手な人でしたので。

少し気の毒とも思いますが……巻き込まれる立場としてはたまったもんじゃなかったです。

母が常に「世間体に固執して、その実体は苦しみばかり」みたいな実例を見せてくれた、と捉えることにします。

だから私はこの先も、常識や世間体に固執せず、自分にフィットする道を選んでいきたいと思います。

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