過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。
本記事では、のちのち様々な問題を引き起こす、母の基本性質、行動様式について書いています。
劣等感が強すぎるため見栄を張らずには生きていけない母
私の母は、母自身が子どもの頃から太っていたらしく、体型のことをとても気にしていました。
そのことが関係しているのかは定かではありませんが、同年代の子とうまくコミュニケーションが取れなかったようです。
さらに、注意力散漫というか、不注意が過ぎるようなところがあり(最近の概念でいえば、ADHD的な傾向)、得意なこともなく、祖母からは放置ぎみ、姉妹からも見下されていたようなふしがあります。
こうして形成された母の劣等感は、母の行動様式に大きく影響しました。
常に自分を良いように見せる、つまり、見栄を張っていないと、生きていけなくなってしまったらしいのです。
年齢サバ読み、学歴を良いように見せかける、良いとこの奥さん風を装う、場当たり的な嘘をつく、などは息をするかの如くやっていました。
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年齢のサバ読み
母は結婚当時30歳をいくつか過ぎていましたが、結婚式のプロフィール紹介の時、10歳くらい年齢をごまかして発表したそうです。
最近では30代半ばでの初婚なんて、珍しくないしなんとも思いませんが、母の世代の人々(母は戦時中の生まれです)は結婚が早かったという時代背景もあるのでしょう。
「若いうちに嫁に行けなかった自分=恥」と思い込んでいた母は、自分の結婚式で見栄をはったわけなんです。
(まあ、そうは言うても招待客だってほとんど知っているのだろうに、とは思いますが。)
父に事前の相談もなかったため、式の最中に父はギョッとしてしまったようです。
寛容な人であれば、「まあ、本人は気にしているから仕方ないか」くらいに思えるのでしょうけど、父にとっては不信感を抱かざるを得ないことだったようです。
父は嘘が嫌いな人で、私に対しても「嘘だけはつかないようにしなさい」とよく言っていましたから。
その一方で母は「自分の得になるような嘘はどんどんつけ!」と言う人でした。
だから母は、私にさえも実年齢を明かしませんでした(後に書類などでわかりましたが)。
とりわけ私が幼い頃は、年齢の話題(干支のことなどを含めて)になると、この世の終わりかというくらい不機嫌になりましたね。
あからさまにムクれたような顔で私を睨みつけ、ぶるんぶるんと顔を横に振るのです(これ以上聞くな、の意)。
子どもとしては、母親が歳をとっていることなんかよりも、不機嫌なことのほうがよっぽど辛いのにね。
この年齢のサバ読み癖、母は50~60代になってもやめませんでした。
パート先で実年齢を書きたくがないあまり、上司の人に取り入って、「正式書類のみ実年齢で、同僚には10歳サバ読み」みたいなことをやっていました。
そのほうがよっぽど労力かかると思うのですが、そこまでしないと自分を保てない人でした。
学歴もふんわり偽装する
「娘さんが優秀だから、お母さんもきっと優秀なんでしょう」
母にとってこの言葉は、喉から手が出るほど欲しいものでした。
その一方で、「お母さんはどこの(学校)のご出身?」と具体的に聞かれるのは困るわけなんですね(私にも、一切教えてくれませんでした)。
正直に言うと失望されると思ったのでしょう、母は「いやあ、私は行きたいところがあったのだけど、母(=祖母)があんたはお嬢さん学校が向いてる、って言うものだから……おほほ」などと誤魔化すんです。
たいていの人はここで「(なんかおかしいけど)へえ、そうなんですね」で終わりますが、ちょっと詳しい人だと「〇〇県でお嬢様学校って言うと、〇〇高校あたりですか?」などと聞いてこられるんですね。
全然違うのに、それでもなお「いやぁ……まぁ……そんな感じかしら……おほほ」という感じで、なんとなーく肯定するんですよ(ハッキリ肯定しないのは、もしも嘘がバレたときに、「相手が勝手に勘違いした」という言い訳を用意している)。
それほど劣等感が強いことは気の毒ですが、子どもながらに「なんかうちのお母さん嘘ばっかりついてて嫌だな、、、」と思っていました。
「ええとこの奥さん」風を装う
私が物心ついたとき、両親の仲はすでに破綻していました。
会話といったらほぼ夫婦喧嘩です。
なのに母は、円満どころか、「良い家(家柄がいい、上品、生活に余裕がある)の奥さん風」に装うんです。
たとえば、母はお金の管理が苦手で、すぐに現金を使い込んでしまうため、クレジットカードのリボ払い常習者でした。
収入のアテがないのに使っているので、要するに「借金」なのですが、クレジットカードを使うときは店員さんに向かって「支払いは全部主人がしてくれるから、おほほ」みたいなことをよく言っていました。
店員さんも仕事ですから「まぁ、良いですねぇ~」と合わせてくれましたが、お金に困っていない人がわざわざ毎回「リボ払い」にするかというと、、、利息を考えたらしないですよね(ちなみにリボ払いはいまだに残っている)。
怒られたくないがための場当たり的なウソも
見栄を張るための嘘はやや計画的で長期に渡るものですが、「怒られたくがないゆえの場当たり的な嘘」も凄まじかったです。
母はゴミを捨てるという概念が欠落しているので、(おそらく無意識のうちに?)ゴミをそこらへんに放置してしまうのですが、そのことを指摘されると必ず「私じゃありませんっ!!」と反論します。
まあ、ゴミに限らず、何か指摘されると全部「私じゃありません!」なのですが。
「いやいや、そうは言ってもこれ使うの、あなただけでしょう」と反論されると、「私のじゃないって言ってるでしょうっ! 人のことをバカにしてからに!」と瞬間湯沸かし器のようにカッカカッカと怒りだすのです。
こうなるともう、手がつけられません。
母が場当たり的についた嘘が発端となっているのですが、母にとっては「馬鹿にされた」「いわれのないことで責められた」という絶対的被害者モードが発動しており、何年経っても「ひどい目に遭わされた」という記憶として定着してしまうようでした。
もしかすると、嘘をついた自覚がないくらい、直前のことを覚えていないのかもしれません。
あるいはどうしても「謝る」ということをしたくなかったのかもしれません。
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【親を反面教師に】一旦嘘をつくと、嘘を重ねることになる
私は父に似て、「嘘をつくこと」それ自体が居心地悪い、と感じるタイプなので、母のようにはならずに済みましたが……。
母は、最初についた「小さな嘘」、それを保つために「さらなる嘘」を重ねなければいけないということに気づいていませんでした。
また、(人を傷つけないための嘘は別として)嘘をついたことがバレると信用を失う、ということも全く理解できていませんでした。
見栄を張ったり、日常的に嘘をついてきたことが、周囲の人々や、家族をじわじわと失望させたことも、全く自覚がないでしょう。
「長期的な視点でものを考える」ということができなかったのだろうと思います。
それはもしかすると、母だけのせいでなく、生まれ持った気質や育つ環境も大いに影響していたのかもしれません。
もしかすると何らかの障害(ADHDなど)かもしれないと感じるのですが、ひと昔前にそのような概念はありませんでした。
私としても、「どうしてこんなに明らかな事実を理解することができないのだろう?」と自分の母親を疑うことは、子どもながらにとても辛いことでした。
仮に、「あなたのお母さんには生まれつきこういう困りごとがあってね……云々」などという説明があれば、少しは楽だったかもしれない、割り切れたのかもしれない、と思います。
そういう意味では、発達障害や精神疾患などの概念が確立されたことにより、救われる人もいるのだろうと思います。
時代は少しずつ進んでいるな、と思います。