足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【体験記】「母の好きなもの=娘の好きなもの」という決めつけが辛い【母と絶縁するまでのこと】

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

本記事は、
・母が私のことを同一視しすぎるのがつらかった
・ズレた人のいいなりになっていると自分自身が「おかしい人」とみなされてしまう
という話です。


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「母の好きなもの=娘の好きなもの」

私の母は、「自分の頭でものごとを考える」という習慣が一切ない人でした。
なので、「自分(母)が教えられてきたこと=唯一にして絶対の正解」というルールで動いていました。

「母の意見と違うもの=一切拒絶すべきもの」であり、逆を言えば
「母の好きなもの=娘の好きなもの」でした。

たとえば食べ物。
母は、母自身が好きなものを「これあんたが好きだから買ってきてあげた」とよく言いました。

しかし、食いしん坊の母と小食の私では、食べ物の趣味が真逆といえるほど違います。

なので「お母さん、私、それ好きじゃないよ」と毎回言うのですが、なぜか「そうは言ってもあんたこれ好きでしょう、あんたのことはお母さんが一番よくわかるんだから」ということになってしまうのです。

こんなに否定しているのに、なぜ伝わらないのだろう???
と不思議でたまりませんでした。

でもまあ、食べ物くらいなら別にかまいません(結局母が食べるのだし)。

困るのは「母が好感を持っている人=娘も好きに違いない」という思い込みでした。

”母のお気に入り”の塾の先生に贈り物

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受ける予定もないのに中学受験用の塾に通わされていたという記事で書いたように、私は小学校5年から塾に通っていました。

母は、その塾の、国語の先生をえらく気に入っているようでした。

先生といっても大学生か大学院生でしたが、学生にしては落ち着きのある方で、当時小学生だった私からすれば、お兄さんというよりはおじさん寄り。
正直、全く恋愛対象ではありませんでした(先方もそうでしょうけど)。

しかし、母は、母自身が気に入っているわけなので、「娘もあの先生のことが好きに違いない」と思い込んだようです。

「先生の誕生日に贈り物をしなさい」と言い出しました。

ませているわけでもないふつうの小学生だった私は、相手が先生とはいえ、友達にプレゼントするのと同じようなものだと思い、母の指示に従ってしまいました。
「まあ、いつもお世話になってるし」的な。

しかし後日、教室長と呼ばれる先生に呼び出され、いろいろと問われました。

私としては友達にプレゼント贈ったのと変わらないので、始めはきょとんとしていたのですが、教室長の語り口の雰囲気から「どうやらあまり推奨されないことをしてしまったらしい」と察しました。

塾の見解としては、私がその国語の先生に恋心を抱いてしまっている、という認識のようでした。

まあ、そりゃ外から見たらそれを心配しますよね、その先生にだけ贈り物しているんだし。

当の先生だって、「小学生の女の子に告白でもされたら断り方が難しい、どうしよう」みたいな心配があったのでしょう。

私は「何を勘違いしてるんだ?この人たち」という気分でしたが、「恋心はわかるんだけど、、、ごめんね」的な視線を向けられていることにモヤモヤしたのをよく覚えています。

自分の意志でプレゼントを贈ったのなら、いろいろ考えるところもあったでしょう。

しかし私は「母の言うことを聞いただけ」、つまり「親の言うこと聞いただけ=いいこと」だと思っていました。

「いいことをしたはずなのに、なぜこんな微妙な空気で呼び出されなければならないんだ?」という感じでした。

これに関しては「親の言うことを聞く=いいこと」で思考停止してしまっていた私も未熟だったなとは思うのですが……
生育環境を考えると仕方がない面もあったかなと思います、小学生ですしね。

ここで操り人情になっていることに気づけなかったは、母の「おすすめ」に従って、悪いほうに誤解される、という現象を重ねることになります。

でも、母にとっては「娘をうまくサポートしてやった」という認識なのでした。


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想像力の欠如は単純に能力的な問題かもしれない

長年母に対し、「どうしてこんなにも人の気持ちがわからないのだろう」「明らかな事実すら理解する力がないのだろう」と思ってきました。

一つは劣等感。
母自身の劣等感を娘を使って埋めることで頭がいっぱいで、娘の気持ちにまで思考が及ばなかったのでしょう。

子を育てる前に自分を育てる必要のあった人なんですよね。

それに加えて、母はあまりにも客観的な視点が欠けていたので、もしかすると、能力的な(先天的な)都合だったのではないか、と最近は思うようになりました。

それにもっと早く気づいて、母の意見をうまくスルーしていれば、私の若い頃の人生ももうちょっとマシだったのでは、と思うので、反省しています。

とはいえ、親を疑うなんて、子どもには難しいのですけれどもね……。

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今になってやっと言語化できたことですが、母との関係を通して学んだことは
「ずれている人」の意見を参考にしていると、結果的に自分自身が「ずれている人」と見なされてしまう
ということです。

かつて私が経験した「本当はそんなこと思っていないのに、なんか誤解されるなあ」という現象は、私の心と行動が一致していなかったからなんですよね。

心は私、行動は母のものだったのです。

当時の私に必要だったのは「うちのおかあさんちょっとズレてるな」とはっきり気づいて、「自分で責任もって決めていこう」と決意することだったのです。

これは、親に限らず、周囲の人の意見でも同じことが言えると思います。

たとえば意地悪なことを言ってくる人の言葉を真に受けていたとしたら……
傷つくだけでなく、「意地悪なことを言ってくる人が望む方向(足を引っ張りたいとか)」に知らぬ間に進んでしまうかもしれない、ということです。

私自身、周囲の言葉にかなり振り回されてきたので、「あれはほんとうにムダだった」「自分の気持ちに正直に従って生きていけばよかった」と心の底から思っています、今。

今後はほんとうに「自分に正直であること」に気をつけようと思っています。

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