足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【体験談】小学校の卒業式で一人ずつ「親への感謝」を言わされるときの煩悶【母と絶縁するまでのこと】

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

自覚していなかったけれど、小学校を卒業する時点でもう母のことを嫌悪していたのだな、と今になって認識しました。

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卒業式での「親への感謝のことば」

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小学校の卒業式での話。

卒業証書を受け取ったあと、保護者席のほうに向かって、「ここまで育ててくれてありがとう」的な言葉を一言述べる、という短いスピーチ?が全員に課せられました。

前年までは「小学校生活で一番思い出に残ったこと」とかだった気がするので、「えー、、、なんで急に親への感謝出てくるんだ……」とイヤな気持ちになったことを覚えています。

たしかに、人を一人育てるのは大変なことではありますから、区切りのタイミングで感謝を伝えよう、という事情は理解はできるんですけれども……。

与えられたものと、奪われ毀損されたものを天秤にかけたときに……奪われたもののほうが実は多いことだってあるんだよなあ、と思います。

理屈としては感謝しなければならないとしても、どうしても気が乗らないことだってある。
その状態で、感謝を強要されるのは、なんとも気持ちが悪さがありました。

一生懸命、「感謝」を考えてみたけれど

かといって、「先生、私、言いたくないです」と言えば混乱を招くこともわかっています。
先生が必死の形相で説得してくるのも目に見えていました(こうやって、「常識」は刷り込まれていくんですね)。

なので、ここはしかたがない、口先だけでもなんとかしよう、と文章を考えてはみるものの。

母に「ありがとう」と言わねばならない、と思うと、「なんかヤダ」という気持ちが湧き上がってくるのです。

当時は、母を嫌悪していることにはっきりとは気づいていなかったので、「これは思春期にありがちな反抗、あるいは照れ隠し的な感情なのだろう」と思いました。

ともあれ、みんなだって言うのだから、私も言わなくちゃ。

けれど、どうしても、「来し方を振り返ってみると、全面的にありがとう、とは言えない」と思ってしまったのですよね。

そこで、全体的な感謝は無理でも、ピンポイントで何かよい思い出があるのではないか、と探しまして。

でも、それもなかなか思いつかず、「小さい頃、男性が怖かったのですが、母がフォローしてくれました」的な、やや的外れのような、でもギリギリ先生チェックではじかれないようなことを、話したと思います。

それでも、言うのがすごく嫌でした。

保護者席で聞いていた母は、おそらく手放しで感謝されると思っていたのでしょう。

卒業式のあと、「なんであんなことを言ったの??」とキョトンとしていました。

母が説明を欲しがっていることはわかりましたが、私は全力で知らん顔しました。

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【今思うこと】感謝を強要されるのはつらい

最近の子育て事情はわかりませんが、私が育った時代は「なにがなんでも親には感謝すべき」という価値観は強固でした。

たしかに、必要最低限の面倒は見てもらっているわけなので、その点だけにフォーカスすると、感謝できる部分はあります。

とはいえ、「産んでくれと頼んだ覚えもないんだよなぁ」と私は思ってしまうのですよね……。

こんなことを言うと怒られそうですけど、どちらかというと、親の意志によって生み出された存在なのになあ、と思ってしまうのですよね。

それなのに「産んでやったのだから、何でも言うこと聞け」みたいな態度を取られると、なんか違うよなあ、と思ってしまいます。

「親の(精神的な)奴隷になるために私は生まれたのか?」みたいな。

そこまで思うようになってしまうと、もう感謝どころの話ではありません。

まあやっぱり、「感謝すべきだから感謝する」というのが、なんかおかしいと思うのですよね。
自然と湧き出てくるものが感謝なのではないか、と(キレイごとかもしれませんが)。

まあ、「本音はこう思っているけど、礼儀上うまくやろう」という感じで生きてゆけるのなら、それはバランスがとれているのかもしれませんが。

ただ、本音を抑圧した上で口先だけうまいことやろうとすると、それもまた自分に嘘をついていることになるわけで。

一回や二回ならいいけれど、自分への嘘が積み重なると、「本来の自分」がいなくなってしまうんですよね。

それはまさに「生ける屍」であり、生きていくのが辛くて辛くてたまらないです。

できる限り周囲を不快にさせないことに気を配るけれども、自分にも素直でありたい。

そこらへんのバランスは極めて難しいですが、沈黙(>>>穏やかで優しいまま、周囲に巻き込まれずに飄々と生きていくには)や薄めの反応(>>>戦わずして相手の攻撃欲求を萎えさせるには)をうまく使いながら、やっていきたいなあ、と思います。

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