足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【機能不全家族】汚部屋がつらい - つかんだのは夢じゃなくてゴキブリだった

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。


本記事では、汚部屋(母と同室)がつらかった、という話です。
最後のほうにゴキさんのエピソードが出てきます(写真等はないですが)ので、苦手な方は読まないほうがいいかもしれません。

 

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祖父母との同居解消→汚部屋のはじまり

父方の祖父母と同居していましたが、小学校2年生頃には解消となりました。

父によれば、祖母は「(母が私を)怒鳴り散らしたり八つ当たりするので、孫が泣いているのを聞くのがつらい」と言ったそうです。

同居解消が決定するまでも、相当揉めたと記憶しています。
母があちこちで近所の人などに家庭の事情(=祖父母の悪口)を暴露しまくり、それを耳にした祖父母と余計揉める、みたいな感じでした。

クラスメイト(小2)ですら、私の家のゴタゴタを知っているほどでした(あんな親の子であることが恥ずかしかった……)。

家賃ケチってシビアな物件にたどり着く

ゴタゴタはあったものの、私は少しほっとする部分もありました。
祖父母と母の揉め事を、もう目にしなくていいからです。
母が私にしてくる八つ当たりも減るだろうなと思いました。

その一方で、父は実家を追い出されたことが気に入らなかったようです。

ケチな父にしてみれば、「せっかく無料で使える自分の実家があるのに、わざわざ家賃を払うなんて」という思いがあったのではないかと思います(当時は長男が継ぐものという概念がまだあった時代なので)。

その結果、父が借りることに決めた部屋は、築年数ウン十年、間取り2K、汲み取り式トイレの物件でした。
(別の似たような外観の家を、友人が「ねえ見て!すごい廃墟みたいな家!」と言い、「うち……あんな感じだったな」と思ったこととがあります)

古い物件ですから、天井は雨漏りで、カビていました。
次第に、天井板の濡れた重みで隙間ができ、雨の日はそこからぴちゃんぴちゃんと水が垂れてくるようになりました。
雨の日は部屋中にバケツや樽を置いたものです。

トイレは汲み取り式ですので、常に臭いがきついですし、まるまると太ったハエが家中をブンブン飛び交っていました。

台風の日は、家ごと飛ばされないか心配しました。

そんな環境ですから、確かに不便ではありました。

同級生からも「ボロ屋」とか「おい、ボットン便の家に住んでる人!」とからかわれることもありましたし(私の世代では汲み取り式トイレはほぼ消失していた)。

特に思春期などは、”ボロ屋”に住んでいることが恥ずかしくてたまらなかったです。

当然、見栄っ張りの母は、当然不満タラタラです。
父のいないところで「お金ないわけじゃないのに(※)こんなボロ屋を借りて!」と言うのがお決まりでした。
(※)父は倹約した分を株式投資に回したい人。のちのリーマンショックですべてパアになりましたが。

あっという間に汚部屋になる

ただでさえ、古くて不便な家だったのですけれども、それはまあ、仕方がないとして。
トドメをさすのが、母の作りだす汚部屋でした。

祖父母との同居時は、少なくとも布団の上げ下ろしは毎日していたし、畳も見えていたと思います。

でもそれは、母が、祖父母の目を気にするがゆえ、多少は掃除をしていたからだったのです。

祖父母の目がなくなったのをいいことに、母のダラダラには拍車がかかりました。
引越し先の6畳間はすぐにモノやゴミであふれだしました(母と私が同室)。

布団はもちろん万年床。
6畳ですから、タンスなどを置き、私と母の布団を敷けば、それ以外のスペースなんて少ししかありません。
そこに、洗濯前のものも洗濯後のものもいっしょくたになった衣類を積み上げる。
母が夜中に布団の上で飲食をしたコップやお皿があちこちに放置。
部屋中、油がついたようなベタベタしたホコリだらけ。
畳は一切見えませんから掃除機も無用の長物。
足元がごちゃごちゃで、必ず何かを踏んづけながら移動する有様でした。

多少乱雑でも気にならない人にとっては「まあ、部屋くらい汚くても死なないよ」程度のことなのかもしれません。

でも、神経質な私にとっては、汚部屋がイヤで嫌でたまりませんでした。
この汚部屋に存在する自分自身が「汚い存在」のように思えてしまったのです。

母に片付けてほしいと言うと、「家が狭いのが悪い!」となり、父への文句が始まり、最終的には「じゃああんたが片付けなさいよ」となります。

ですが、私自身も当時小学校2年生ですから、一旦汚部屋になった部屋をどう片付ければよいのかわからなかったのです。
モノがありすぎるため、何から手をつけていいのか途方に暮れました。
少し着手したとしても、次の瞬間には母がそこらへんに置いていくゴミやら小物やらで増殖していく。

父が単身赴任になると、汚部屋はますます加速していきました。

それに比例して、「私は汚れている」という思いも強まっていきました。

部屋が汚れていると、考える力もなくなっていくような気がしました。

解決しようという気持ちが折られるというか。
私にはこの汚部屋をどうすることもできないんだ、という無力感に苛まれるようになりました。

「私は母から逃れらないんだ……」という憂鬱な気持ちに、とてもよく似ていました。

夜中にふと目が覚めるとゴキブリをつかんでいた

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ただでさえ古い物件なのに、汚部屋ですから、もちろん、アレが多発します。
そう、ゴキさんです。

あの頃は、数日に一回くらいゴキを倒していたので、ゴキが出没しても「ああー、またか……」くらいのものでした。
死骸をそこらに放置してしまえるほど、感覚がマヒしていました。

ある夜、うつらうつらしていると、ヤクルトの空き容器が左手に触れました。
(汚部屋にはいろいろ落ちているので、ヤクルトの空き容器くらいはリアルに存在するんです。)

ヤクルトの空き容器を手放そうとするのに、なぜかヤクルトの空き容器は私の手にまとわりついてきます。

「なんで?」と思って、寝ぼけまなこで手のひらを見ると、そこにはヤクルトではなくてゴキさんが!

当時は感覚マヒしていたので、ただただ、げんなりしました(今なら「うぎゃあああああ!」の大パニックですが)。

こんなにもたくさんのゴキブリがいる部屋。
その部屋にいる私も汚いんだ。

汚い環境から逃れることができないんだ。
私は無力なんだ。

私は(母を含めた)環境に呪われているような気持ちでした。

単に部屋が汚いだけ、と割り切ることができませんでした。

経験から学ぶ

住環境は大事

汲み取り式トイレ&雨漏り&台風の日に命の心配をせねばならない物件。

一つ一つは「ちょっとした不便」に過ぎませんが、日々じわじわと気力を削っていかれるのを感じました。
(昭和前半は汲み取り式がほとんどだったでしょうし、気にならない方ももちろんいらっしゃると思います。あくまで私の個人的な感想です)

外部環境から影響を受けやすいタイプの私は、住環境の良し悪しがQOLに直結するということをこのときの経験から学びました。

「固定費はなるべく安く」というのが世の中のセオリーですが、家は心身とも休まる場所であることが大事と、今は強く思っています。

「汚部屋=母に汚染された自分の象徴」と気づいた

また、汚部屋にいると、頭が働きにくくなる&無気力になりがち、ということも、あのとき実感しました。
そのせいか、現在は、少しでもモノが増えると、イライラしてきて掃除せずにはおれません。

この記事を書いていて気付いたのですが、私にとっては
「汚部屋=母に汚染された私の象徴」
のようです。

単純に乱雑な部屋がイヤということもありますが、部屋が汚いと、母からの影響、それも簡単にはふり払えないような、しみこんでしまった影響を、自分の内に感じてしまうのだろうと思います。

ともあれ、大人になると(&毒親から離れると)、自分の好きな部屋に住めて、自分の好きなように片付けることができるので最高です。

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