足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【毒母のトラブル招来体質】 壊滅的に家事ができない

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

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壊滅的に家事ができない母

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私の母は、家事がとても苦手な人でした。

最近の概念でいえば、ADHD的な傾向だと思うのですが、当時はそんな考えも(少なくとも一般家庭には)ありませんでした。

家事ができない(やらない)ことは、「怠けている」と見なされることが多く、家庭内トラブルの一つの種でもありました。

実際、母はほとんどの時間を涅槃のポーズでテレビを観ており、私から見ても「怠けている」ように見えました。
かまってほしくて声をかけても、目線はテレビに向けたまま「今忙しい」と私の手を振り払うような人でした。

ですが、生まれつきの性質によって家事や育児が苦手だったのだとすると、母も気の毒ではあるとは思います。

とはいえ、家事の失敗を認めるどころか、「自分は悪くないのにひどい!」と被害者ポジションを取って怒り狂ったりするので、私たちもまたけっこう大変でした。

今後も記事を書く上で、母の性質は無視できないと思うので、具体的にどんな様子だったか、代表的なものを挙げていきます。

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片付けられない・掃除をしない

別途記事で詳しいエピソードをまとめるつもりですが、母はとにかく片付けや掃除の類がまるでダメでした。

放っておくとすぐに「汚部屋」になります。
テレビのニュースなどで、汚部屋の特集をやっていたりしますが、まさにあんな感じでした。

汚部屋のせいで、探し物も頻繁。
「鍵がない」「メガネがない」「リモコンがない」「保険証がない」「携帯がない」など1時間に一回くらいは何かを探していました。
そして、それらを自力で探すこともできず、代わりに探すのは私でした。

掃除も滅多にしません。
シンクの三角コーナーは直視できないほどドロドロ。
ガスコンロ周りも油汚れが堆積していました。

このときの反動(?)か、私は逆に潔癖になってしまいました。

炊飯器のスイッチの入れ忘れ

いざ夕食だ、というときにご飯をよそおうとして炊飯器を開けると、そこには水に浸かったお米が……なんてことはしょっちゅうでした。

「たまに」なら、だれでもあると思いますが、「またか」というレベルでした。

ちなみに、炊飯器の内蓋なども洗いません。
長年、汚れごとごはんを食べていたことを思うとゾッとします。

献立がほぼずっと同じ

夕食のメインはだいたいアジの干物。
肉の日もありますが、お湯で茹でただけ。

でもこれが一番安全で無難なんです。

母は衛生観念が破壊しており、調理器具もあまり洗わないので、火を通すのは必須。
干物なら塩分もつよいので、多少賞味期限が切れていたとしても低リスクですからね。

ごくまれに母がやる気を出してオリジナルなものを作ると、信じがたいものが出来上がってしまいます。
こんなことを言うのははばかられますが、見た目も味も、どう頑張っても受け付けないレベルのものです。

だから、スーパーのお惣菜の日は心底ホッとしました。
衛生的にも、お味的にも、当時の私からすればお惣菜は最も安全な食事でしたから。

とはいえ、毎日お惣菜を買っていては食費がかかります。
節約家(というかケチ)の父からすればそれが不満で、この件も揉めごとの一つでした。

洗濯物を干し忘れる

母は、洗濯機を回すところまではやるのですが、「干す」という作業がまるっきり抜けてしまうようでした。

洗濯機の蓋を開けると、洗い終わった衣類がそのまま入っていることがしばしば。

洗濯槽の形のままカチカチに乾いていればまだよいものの、中途半端な生乾きの状態で発見されることがほとんどでした。

生乾きの段階で菌が繁殖してしまっているので、その後完全に乾かしたとしてもひどい生乾き臭がします。

正直、洗わないほうがまだマシなレベル。

父からすれば「この臭いワイシャツでまる一日仕事する身にもなってみろ」という気持ちだったようで、よく揉めていました。

お金を計画的に使うことができない

父から生活費をもらっても、母は前半にバーッと使ってしまうため、後半はいつもお金がない状態でした。

母からすれば「お父さんが十分なお金をくれないのが悪い」の一点張り。

たしかに父は吝嗇なので、潤沢な予算とはいえなかっただろうとは思います。

ですが、それを考慮してもなお、母はお金を計画的に使うという能力に欠けていました。

あればあるだけ使ってしまい、予算内でやりくりするという概念がありません。

ですから、クレジットカードに頼らないと生活が回らないのです。
母は得意げに「一括払いなら2か月後だから!」と言っていました(支払う額は変わらないのに)。

利用額面をオーバーするようになると、「リボ払い」か「ボーナス一括払い」。
母は専業主婦でしたから(パートに出たことはありますが)、ボーナスなんて一切ないのに。

「直近に支払うお金が減ればいいや」という感じで、長期的なことを考えることができない人でした。

キャッシングもかなりしていました(まだ残っている)。
利息などの概念が理解できていなかったようです。

母自身の無理解を棚に上げて「あんたのものにお金がかかるのが悪い」と私のせいにされるのはモヤっとしましたね。

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おわりに

こうして母の困りごとを並べてみると、やはりADHDの症状にあてはまる可能性があるのかな、と思います。

ですが、私が子どもの頃にそのような概念は(一般家庭には)なかったので、母のことを理解できず、とてもつらかったです。

「うちのおかあさん、なんかおかしい」という疑念と、「親の言うことは聞くもの」という常識のはざまに、押し込められていたような気がします。

「親の言うことは聞くもの」を優先すると、私自身が「ちょっとアレな人」と周囲から見られてしまうし……。
一方で、「うちのおかあさんなんかおかしい」と認めることも母が不憫な気がする。


母の困った言動が、何らかの障害によるものだとしたら、母は悪くないのですが、だからといって私が苦しんだことがなくなるわけでもない……。
とても複雑な気持ちです。

最近は、発達障害や精神的な病のことがいろいろと知られるようになって、本当に社会は進んでいるなと思います。
といっても、いたちごっこのようなもので、まだまだわからないことは山ほどあるのでしょうけど。

「すべての人のありのまま」を認められたらいいなと思いますが、まだまだ正直難しいです。

「おまえがありのままで生きるのは許さん、でも私(母)のありのままを認めろ!」というメッセージを受けてきた人間なので余計に。

でもまあ、まずは、自分が自分を認めるところからですね。

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