足かせは外すことにした

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

【機能不全家族】夫婦喧嘩の後の「お父さんとお母さんどっちについていくのっ!!」がつらかった

過去の痛みを成仏させるため、自分の育った家庭を改めて客観視する作業をしています。(関連記事一覧はこちら>>>【もくじ】いかにして私はアダルトチルドレンになっていったのか【体験談】)。

本記事では、子どもにとって夫婦喧嘩、およびその後の母の八つ当たりがものすごく堪えたという記憶について書いています。

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物心ついたときにはすでに両親不仲

私の記憶の範囲では、最初から父と母の仲は破綻していました。
両親が楽しそうに笑い合っているところなど、一度も見たことがありません。

普段からちょっとした家庭内別居状態で、何か話をするとなれば、それすなわち怒鳴る叫ぶの大ゲンカでした。

喧嘩の原因は、両者の見ている世界が違いすぎることでした。

母は家事がとても苦手だったり、衛生観念が破壊していたり、と客観的に見れば「生活に困難のある人」だったのですが、当時は「片付けられない女」のような概念もなく、「怠けている」と見なされがちでした。

母にしてみれば、うっかりミスなどに対しても「私じゃありません」とその場しのぎの言動をしてしまうか、「(わざとじゃないのだから)私は悪くない!! なのにこんなに責めるなんてひどい!!」という被害者的な解釈になるようでした。

一方、父は父で理屈っぽいところがあるため、「事実が明らかなのに(母は)嘘をついている!! けしからん!」という解釈になるんですね。

外から見ると、お互いが「そっちが悪い! 自分が絶対的に正しい!」という構図です。
どちらも「絶対的に正しい」と思い込んでいるので、どれだけ怒鳴り合おうが、解決に至ったことがまずありません。
まさに平行線です。

両親の大喧嘩を見つづけた結果、「どれだけ怒っても、ものごとって解決しないんだな(※)」と深く実感し、私は怒れない人間になってしまいました。

(※ これは当時の私の理解が少し不十分で、正しくは「他人を傷つけるための怒りは不要、だがしかし、自分を守るための怒りは必要」だと今は思っています)

夫婦喧嘩が凄まじい

父は、殴る蹴るのような暴力行為こそしませんでしたが、ちょっとどついたりするくらいの「(暴力に)準ずる行為」を母にすることがありました。

このまま怒りがヒートアップしたら、父は母に本格的な暴力をふるうのではないだろうか。
そんな恐怖心で生きた心地がしませんでした。

それと同時に、父が「なんとか殴らないように耐えている」ということも、子どもながらによくわかったんです。
身体をぶるぶると震わせるほどギリギリのところで耐えている、というのは見てとれました。

このとき私は三つのことを思いました。
父のほうが男性でやはり迫力があったので、まずは「お母さん、かわいそう」ということ。
もう一つは、「お父さん、なんとか耐えて殴らないでいてくれてありがとう(※)」ということ。
三つ目は、「身体がぶるぶるほどに怒りを抑えねばならない、そんな怒りが存在すること自体、お父さんも辛くて大変そうだ」ということ。

(※)祖父が家庭内暴力の人だったので、殴られる祖母を見た父は「自分は暴力はしないと決めた」と後に聞きました。

どちらかに肩入れできれば、少しは楽だったのかもしれません。
でも子どもにしてみると、「どっちもかわいそう」だと思いました。
身が引き裂かれるような思いでした。

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父は「母が悪い」と言い、母は「父が悪い」と言う。
じゃあ、その両方の血をひいている私は、一体どうなってしまうのだろう、と。
救いようのない、「忌むべき存在」なのだろう、と。

そうして、私はこらえきれずに泣いてしまうのでした。

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喧嘩の後、必ず「お父さんとお母さんどっちについていくのっ!」と問われる

夫婦喧嘩がどうやって終わっていったのか、よく覚えていません。

たいていは「これ以上揉めてもしょうがない」と父が自室に戻ることが多かったように思います。

父はまだ、部屋に戻れば、(胸糞悪いでしょうけど)「終了」だからまだいいでしょう。

夫婦喧嘩の後処理をするのは、母と同室だった私なのです。

ここは地獄かと思うほどの夫婦喧嘩、それをすぐ目の前で繰り広げられ、私もものすごく傷ついています。
まさに「傷心」という気持ちで、本当に心がヒリヒリするような感覚でした。

その状態で、母のケアをせねばなりません。

母は、夫婦喧嘩の後必ず、

「あんたっ! お父さんとお母さん、どっちについていくのっ!!!」
とものすごい剣幕で私に問いました。
毎回必ず、です。

問うているようで、実際は怒りをぶつけられていたのだと思います。
繰り返しになりますけど、ものすごい剣幕でしたから。

間髪入れずに「おかあさんですっ!」と答えないと、さらに事態が悪化します。
少しでも言いよどむようなことがあれば、しばらくねちねちやられるのです。

「あー、あんた今、少し考えたでしょう!?
お父さんについていこうと思ったんでしょっ!
あー、知らない、勝手にしなさいっ。
お父さんが別の女の人連れてきたらどうするのっ!?
あんた、継母にいじめられるんだよっ!?
それでいいんだね!?」

ここまで言われると、もう、つらくてたまったもんじゃなかったです。
単に、母の剣幕に驚いて息をのんでしまっただけなのに……。

この経験が元で、私は「自分の気持ちは置いておいて、相手が言ってほしいことを予想して即答する」ようになってしまいました。

ポイントは「即答」でした。
少しでも遅れたらいけないのです。

相手の言ってほしいことを予測して即答する癖は悲劇しか生まない

この即答クセ、たしかに母と過ごす子ども時代は必要だったのですが、大人になってからは非常に私を困らせるものとなりました。

なんたって、「相手が言ってほしそうなことを言ってしまう」からです。
自分の気持ちは置いてけぼりだからです。

むちゃくちゃ苦手な人に対しても「うわあ、この人、肯定(or 賞賛)求めてきてる」と感じると、脳が自動処理をして、相手を褒めるようなことを口走ってしまうのです。

相手からすれば褒められているのですから、私に好かれていると思って、どんどん近づいてきます(察しのいい人なら途中で気づいてくれることもありますが)。
でも、実際の心では「うわー」と引いていますし、「嫌い」が募っています。
どんどん「無理」になっていきます。

そうしてあるとき、「もう本当に無理! 二度と話しかけないで!」と大爆発してしまうんですね。

相手からすると「???」でしょう。
あれだけ褒めるようなこと言ってたのに?と。

落差の分、相手のショックも大きいですから、壮絶な嫌がらせ(現代だったら通報レベル)を受けたこともあります。

【親を反面教師に】やったことは形や経路を変えて自分に返ってくる

母は母で大変だったのでしょうけれども、母の「お父さんとお母さんどっちに……」は、罪だったと思います。
必要があるから確認しているのではなく、単なる脅しや、試し行動だったからです。
幼児に対して親の権力を利用しているからです。

しかも、気に入った答えでないと(実質的に)許されない。
私には人権がなかったわけです。

この記事を書いていて、「これじゃあ娘に絶縁されてもしかたないわな」と思いました。

自分のしたことは、何年後かに形や経路を変えて自分に戻ってくる、ということなんだろうと思います。
いいことも、悪いことも、です。

人を傷つけるようなことの場合、ネガティブな方向にますます増幅して、結局は自分が大損するのではないかと思います。
母を見ていると、そう思います。

母は、悪い例を直に見せてくれたのだということにして、私はなるべく誠実な人間(※)で在るように心がけたいと思いました。

(※)母からすれば私は、「親を捨てた娘」ですので、その視点からすると不誠実となるのでしょう。
ですが、犯罪者を完全に肯定するわけにはいかないのと同じで、自分を痛めつけてくる人に迎合しないこともまた、「自分に誠実」ということなのだろうと思います。

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