改めて読み直してみても、すごくいい本だと思ったので、記事にしようと思いました。
苦しいときに救ってくれた本です。
益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』幻冬舎(2013)
益田ミリさんの漫画です。
「すーちゃん」シリーズは有名ですし、実写化したものもあるので、ご存じの方も多いかと。
私自身は、「すーちゃん」シリーズのことは知らず、ただただ『どうしても嫌いな人』というタイトルに魅かれて購入しました。
というのも、当時、「どうしても嫌いな人」のことでものすごく悩んでいたから。
どんな本?
カフェの雇われ店長をしているすーちゃん(36)には苦手な人(向井さん)がいます。
向井さんのいいところを探してみたり、なんとか自分の気持ちに折り合いをつけようと奮闘するのですが、半年以上悩んだ末、
あの人を嫌いなあたしも間違ってない
って、思ってもいいよね引用元:益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』幻冬舎(2013)p.138
という境地にたどり着きます。
他方、すーちゃんのいとこのあかねちゃん(30)は親から結婚のプレッシャーをかけられている。彼氏はいるけど、全然煮え切らない態度。
本当にこのままでいいのか、と悶々としていると、彼氏の転勤が決まり、あっさりプロポーズ。
持ちゴマを動かされているように感じたあかねちゃんは、彼氏の転勤先についてはいかず、戻ってくるのを待つという決断に至ります。
あかねちゃんも会社の嫌いな先輩に振り回されているのですが、結婚して辞めると思ったらおおかたのことは許せるようになった、というところに落ち着きます。
読んだらすごく楽になった
この本を手に取ったときの私は20代後半で、まさにすーちゃんの「仕事場にいる嫌いな人に悶々とする状態」とあかねちゃんの「親から結婚のプレッシャーをかけられる・彼氏は煮え切らない状態」の両方の立場にありました。
びっくりするくらい状況が似ていて「そう、そう、あるあるー!」と思いながら読んだのでした。
どうしても嫌いな人は、どうしても嫌い
かつて仕事場にいた、私の嫌いな人(Xさんとします)は、初対面から「曲者っぽい」という印象で、嫌な予感がしていました(第一印象って、びっくりするくらい当たっていますよね)。
早々に「やっぱり苦手だなー、自分とは合わないなー」と思ったのですが(おそらく向こうもそう思っていたはず)、どうしても蜜に接する必要があり、距離をとるわけにもいかず…。
せめて表面上は穏便に、と自分に言い聞かせていました。
その一方で、「Xさんは正直でいい」とXさんのことを好いている人(Yさん)もいました。
Yさんは誰からも好かれるような人だったので、私のXさんに対する感じ方がおかしいのではないか、とか、私の心が狭いのかも、とか、とにかく悩みました。
しかし、どんなに悩もうとも、嫌いな人を好きになれることはなかった。
むしろ、いいところを見つけようとか、なるべく優しく接してみようとか、もっと気を遣ってみようとか、そういった余計な労力を使うことによって、余計に嫌いになっていってしまいました。
嫌いで仕方ないのに、仕事の都合上、関わらねばならない(しかも、なるべく穏便な態度で)。
辛くて「ああもうどうしよう」と半ば絶望していたときに、この本を買ったわけです。
なので、すーちゃんが気づきを得る瞬間は、とても心に響きました。
嫌いな人のいいところを探したり、
嫌いな人を好きになろうと頑張ったり
それができないと
自分が悪いみたいに思えて
また苦しくなる
逃げ場がないなら
その部屋にいてはダメなんだ
引用元:益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』幻冬舎(2013)p.135,136
この本を読んで「どうしても嫌いな人は、どうしても嫌いなのだから仕方ない」と素直に思えたのです。
子どもの頃から「全員と仲良くしなさい」とか言われてきて、そうあらねばならない、と思い込んでいましたが、その呪いからやっと解放されたような気分でした。
その瞬間から「ああ、私、Xさんのこと、やっぱり嫌いだな。でも、嫌いでいいんだ」と思えるようになり、それだけでだいぶ楽になりました。
他の理由もあったので、結局その職場は辞め、そこで知り合った人々とも疎遠になりました。
よく考えてみたら、その「すごく嫌いな人」以外にも、「まあまあ嫌いな人」がけっこういたのです。
類は友を呼ぶ、と言いますし、「すごく嫌いな人」の周りには「まあまあ嫌いな人」がいたりするのですよね(決して彼らが悪い人というわけではなく、私と合わないだけです)。
嫌いな人が多い環境に居続ける必要もない、と思えたのでした。
娘はプレゼントではない
嫌いな人の話からは一旦逸れますが、親から結婚をせかされているあかねちゃんの言葉もいいです。
「どこに出しても恥ずかしくないように」とか
「嫁にやる」とか
なんなんだよ~それ
それじゃあ
どこかにプレゼントされるために
大きくなったみたいじゃないか
引用元:益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』幻冬舎(2013)p.81,82
すごく共感しました。
そう、娘は「モノ」じゃないんですよ。
娘も一人の人間なんですよ。
私の場合は、あかねちゃん母娘よりも殺伐としていて恐縮ですが、
「精神科なんか行ったら嫁に行けなくなる」とか
「行き遅れの娘がいるのが恥ずかしい」とか
「私だけ孫がいなくてかわいそう」とか
母から受けたいくつもの言葉を総合すると、私は「母の社会的地位を上げるための存在」なのでした。
「私自身」よりも「世間の目」が母にとっては大事だと初めて気付いた19歳のとき、心の底から絶望しました。
そう、母のこともまた、私にとっては「どうしても嫌いな人」だったのです(子どもの頃からずっと気持ちを抑圧しており、なかなか「嫌い」を認められませんでしたが)。
結果的に、30歳手前で母とも離れることになりました。
罪悪感が強く、相当悩み苦しみましたが、母と疎遠になったことによって、私の人生が開けたのは事実です。
人生って意外と楽しいものだったんだな、と30歳を過ぎて初めて体感しました。
あくまで私の場合ですが、職場も家庭も、嫌いな人がいる環境から出て、本当に正解でした。
今のところ後悔の念は一切ありません。
ちなみに、嫌いな人にわざわざ「ここがイヤ」とか戦いを挑む必要はありません。コッソリ離れていけばいいのです。
どうしても何か言いたいときは、紙に書き出してみると、それだけですっきりしますし、冷静になれます。
ちょっと重い話になってしまいましたが、「誰かを嫌いでもいいんだよ」「嫌いな気持ちを尊重してもいいんだよ」ということです。
おわりに
「全員と仲良くせねば」「嫌いな人にも平等に接しなければ」「誰からも好かれなければ」的な呪いにかかって苦しんでいる方には、本書『どうしても嫌いな人』がおすすめです。
コミックですので、本が苦手な方でも読めると思いますし、もともと本好きの方なら10~20分くらいで読めると思います。
私は、嫌いな人のことを「嫌い」と正直に認めることができて、自由になりました。
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