AC回復のきろく

親の呪いを解いて自分の人生を生きる

ブログ整備中につき、一時的に非表示にしている記事がございます。少しずつ再更新してまいりますので、またご訪問いただけますと幸いです

【AC回顧録】私はいかにしてアダルトチルドレンになっていったか

〈AC回顧録・転機①〉就職試験の真っ最中に「母のことが絶対的に嫌い」と気づいてしまった

「母のことが絶対的に嫌い」と気づいたのは、就職試験のSPI検査の最中でした。

〈AC回顧録・20代前半〉就職するのが嫌で嫌でたまらない(が、自分を貫く気力もなくひたすら絶望していた)

「あんなに頑張ってきたのにどうしてこんなに行き詰まるんだろう」と思っていましたが、頑張る方向を間違えていたのだなと思います。

〈AC回顧録・20代前半〉具合が悪くなると困るので食べること自体が怖い

あのときの私は、私のために何ができたんだろう、と考えてみると、この記事のように、恐怖感・不安・気持ちなどを書き出してみればよかった、と思います。

〈AC回顧録・20代前半〉不潔恐怖・疾病恐怖に本格的に悩みはじめる

強迫性障害(不潔恐怖・疾病恐怖)に本格的に悩みだしたのが20代前半のころでした。

〈AC回顧録・20代前半〉怒りをうまく表現できずに相手を猛烈に嫌いになる

親に気持ちを抑圧され続けた結果、嫌なものを「嫌」と言えませんでした。 しかしストレスは溜まっていくので、相手のことを嫌いになり、気まずくなるという現象を、若いころは繰り返していました。

〈AC回顧録・20代前半〉あまり興味がないのに、優秀さを証明するための勉強をつづけた結果

親に認められたいがために、たいして好きでもない勉強を頑張り続けた結果。理想の自分に近づくためにした努力のはずなのに、自分のことがさらに嫌いになっていきました。

〈AC回顧録・大学時代〉「良い人」と思われたいがために頼み事を断れない

本記事は、良い人ぶりたいがために、頼み事や誘いなどを断れずに苦悩したエピソードです。

〈AC回顧録・大学時代〉苦手な人と距離をとれずにトラブルに発展

苦手な人と適度に距離をとるのは決して悪いことではなく、長い目で見ると双方にとって大事なことだと実感しています

〈AC回顧録・大学時代〉努力していない人を見下してしまう→人間関係が悪化

「力づくで理想の自分に近づける」ために努力していると、努力していない人のことを見下してしまうようになりました。 でもその本心は「楽しそうでうらやましい」でした。

〈AC回顧録・大学時代〉死ぬ勇気がないので力づくで「理想の私」に近づけるしかないと思った

死ねないので少しでも「マシな自分」になるしかないと思い、無理な努力を重ねるようになりました。一時的に結果は出ても、日常的に無理しているのでどこかで破綻します。

〈AC回顧録・大学時代〉学歴コンプレックスのはじまり

親に愛されたい、認められたい。それがすべての動機でした。そのためにすきではないことにばかり注力して、結局、自分を失っていきました。

〈AC回顧録・浪人時代〉頭が働くと苦しすぎるので起きていられなかった

死ぬこともできないが、起きていることもつらいので、できるだけ眠って、時がくるのを待ちました。

〈AC回顧録・浪人時代〉死にたくて死にたくてたまらなかった(が、死ねなかった)

当時は気づいていませんでしたが、私を不幸にする人は、なんと私の最も近くにいたのです。 そりゃ、人生うまくいかなくて当然だわ、と今では納得です。

〈AC回顧録・浪人時代〉「嫁に行けなくなるから精神科に行くのは許さない」と母に保険証を隠される

ただ呼吸をすることがとんでもなく苦しく、精神科に行きたいと訴えたら、「嫁に行けなくなるからダメ」と保険証を隠された話。

〈AC回顧録・浪人時代〉着ていく服が選べない→とうとう予備校に行けなくなる

勉強したくない気持ちを抑え込んで予備校に通っていましたが、だんだん着ていく服をえらべなくなり、登校できなくなってしまいました。

〈AC回顧録・浪人時代〉皮膚むしり症が再発 - 模試の間中、鼻の頭の皮をひたすらむいてしまう

無理をして頑張りつづけると、何らかの精神あるいは身体の症状がでます。昔はそれを気合でなんとかしようとしていましたが、今思うと間違っていました。

〈AC回顧録・浪人時代〉成績が悪いことが恥ずかしくて死にそう

勉強版イップスのようになって、大学受験ほぼ全敗。浪人しても自分と向き合うことができず、ただ劣等感で死にそうでした。

〈AC回顧録・高校生〉「超難関大に行くために浪人する」と母が話を盛って言いふらすのが苦しい

イヤなことは「イヤ」と言う必要があったなあ、と今は思います。 相手に伝わらなくても、「自分のために言う」のは結構大事。

〈AC回顧録・高校生〉自分の実力から目を逸らしまくって大学受験全敗

勉強したいのにできない、という状態を放置した結果、大学受験はほぼ全敗。自分の本心に向き合うべきでした。

〈AC回顧録・高校生〉勉強を手放したいのに、勉強に執着して「イップス」的な状態に

私に必要だったのは「ほんとうはもう、勉強したくない」という本音に向き合うことでした。

〈AC回顧録・高校時代〉恋愛を禁じるくせに、告白を断れば「あんたは冷たい」と非難してくる母

恋愛に干渉されるだけでもきついのに、どの選択をしても文句をつけられる。

〈AC回顧録・高校生〉電話は基本的に盗み聞きされ「甘えたような声出して気持ち悪い!」

友人との電話は盗み聞きされるのが基本でした。すぐに恋愛に結びつけられるのがうんざり。

〈AC回顧録・高校時代〉「今妊娠したらあんたの人生終わるんだからね」という脅し

高校生くらいになると「今妊娠したらあんたの人生終わるんだからね」と脅してくるようになった母。常に監視され、疑われることはつらかった。

〈AC回顧録・高校生のころ〉「襲われたら舌を噛んで死ね」が刷り込まれて恋愛自体に罪悪感

子どもの頃から「男を見たら襲われると思え」的に聞かされたため、恋愛をすること自体がすごく悪いことのように思えてしまいました。

〈AC回顧録・高校生〉女性らしい格好やふるまいをすることに罪悪感がありボーイッシュな格好をしていたけれど

母の「他人を引きずり下ろしたい」という願望に、自ら沿ってしまっていました。

〈AC回顧録・高校時代〉不仲な両親の連絡役で貧乏くじ

両親不仲で考え方が違いすぎることによる弊害。高校生になってもなお、苦しみました。

〈AC回顧録・高校時代〉父の愚痴も母の愚痴も、子である私に突き刺さる

親から互いの悪口を聞かされるととても傷つくのは、どちらとも血がつながってしまっている自分を否定することでもあるから。

【体験記】息がしやすい環境を選ぶことはとても大事【母と絶縁するまでのこと】

自分の長所と思われるところを「長所」として扱ってくれる場所(あるいは、自分では短所だと思っているところが、実はありがたがられる環境)を選ぶことは、本当に大切なことだと実感した話。

〈AC回顧録・高校〉娘が進学校に通っていることを自慢したい母から「制服で来なさい」と呼び出される

「うちの娘は〇〇高校よ」なんてわざわざ言わなくても、学校名がわかる特徴的な制服は、母の大のお気に入りでした。

〈AC回顧録・中学生時代〉同級生や塾の先生に侮辱の言葉を発する母に引いてしまった

母からすれば「娘のため」のつもりだったのでしょうが、同級生や塾の先生に侮辱的な言葉を発するのが嫌でたまらなかったという話