【体験談】親の呪いが人生を蝕んでいた
知人の子供に猛烈な怒りを覚えてしまい、「私、産んだらやる人だ」と認識しました。
この経験によって、「お金を貸すと死ぬほどきつい」ということは身をもって体験したので、今後誰かに頼まれたとしても毅然と断れる自信はできました。
自分が使うお金はほとんどないのに、親のために死ぬ思いをして働いている。 これがもう、やるせなくてやるせなくて。
母の期待にこたえ、良い学校を出て、いい会社に入りました。 しかし母はそれで満足することはなく、今度は「娘が独身」であることを恥ずかしがりだしました。
病気を避けることの大元には「体調を崩したら親に見捨てられる」という恐怖感があったと思います。
食事が摂れないことや、休日ひきこもっていることなどを指摘されるのが苦痛で一人になりたくてなりたくて、仕方がありませんでした。
会社に派遣されてきたカウンセラーさんと話が合わず、ますます「誰もわかってくれない」を深めてしまいました。
恐怖症で食事がのどを通らなくなり。そのことを強く指摘されてますます悪化してしまいました。
「外の世界=汚染されている」と思うようになってしまい、外出がこわくてたまらず、できるだけ避けるようになっていきました。
頑張っているはずなのにうまくいかないとき、それはそもそもの方向ややり方が間違っているのかもしれません。
嫌いな人を引き寄せないためには、自分のほうが変わらないといけないんだな、と(もちろん、すべてを避けられるわけでもないですが)過去を振り返っていて思うのでした。
部下になめられて仕事の指示が通らないので、「よかれと思って」やったことが自分の首を絞めました。
人目を気にしてヘコヘコしたり自虐していたので、部下にもなめられてしまい、なかなか仕事の指示が通らず苦労しました。
親にしていたご機嫌取りを外でもやってしまい、結果的に自分の首をしめました
自分が自分自身をどう扱っているか、が対人関係にも出てしまうというのはこういうことなんだ、と振り返っていて実感しています。
我慢すれば報われると思って生きてきましたが、我慢の先には我慢しかありませんでした。
結局のところ、人間である以上「すべての人にとっての”完璧”」になることは不可能なのですよね。
母に反抗自体を塞がれていたため、社会人になってもなお反抗を引きずってしまっていた話。各成長過程で必要な課題をクリアしておかないと次の段階で困ることになりやすい。
結局のところ、自分の本心よりも「ほめられること」を優先してしまった私自身の責任なのだなと、今になっては思います。
子どものころから「苦しい」「嫌だ」という気持ちを封じざるをえなかったので、苦しみが当たり前になってしまい、自分の異常さに気づけませんでした。
嫌々会社員になった私は、「一つ一つの選択が微妙に間違っていた結果、今を喜べない」という状態でしたが、そのことにはまだ気づけませんでした。