くだらないマウントをとるような人間の言いなりになってしまったことはとても愚かなことだった、と反省しています。
「内申点」を気にして、「いい子」でいつづけねばならなかった中学校時代、とてもきつかった。
相手を嫌いにならないためにも、できるだけ疲れずに愚痴を聞くにはどうしたらいいか、考えてみました。
結局のところ、愚痴は、「自分自身が納得していない」から出るのだと思うのです。 「自分が自分に納得する」ほうを選んでいけばいいのかなと思います(自戒を込めて)。
愚痴を言ってしまう立場、聞く立場、両方とも経験したからわかること。
親や周囲の顔色をうかがい続けた人は、自分の気持ちがわかりにくくなっているかも。すると、余計に周囲の判断を頼りにしたくなって、承認欲求が大きくなる。
自分自身の気持ちがしっかりわかっていないと、周囲にふりまわされやすい。不快なときは沈黙してもOK。
非常に穏やかで優しいのに、あまり人に巻き込まれずに飄々と生きている人観察した結果、「沈黙」を上手に使っている、というお話
・普段、自分にどんな言葉をかけているのか(観察) ・ネガティブな声掛けは、どう変えたらよいのか(試行) ・それによって行動も変わるのか? に注目してみることにしました。
ほぼ無意識的に自虐・自分下げをしていることに気づきました。過剰な自虐は若者に気を遣わせてしまうので、やめるための計画を立てました。